グリーンスチールとは?脱炭素社会を支える次世代の鉄鋼技術

CO2削減

日本政府のGX(グリーントランスフォーメーション)戦略において、グリーンスチールの普及は重要な焦点となっています。鉄鋼業は日本の基幹産業であり、同時に大量のCO2を排出する部門でもあるため、この分野での脱炭素化は2050年カーボンニュートラル目標達成に不可欠です。

GX提言には、グリーンスチールの技術開発と普及を促進するための具体的施策が含まれており、技術革新、インフラ整備、市場創出などの多角的なアプローチが示されています。本記事では、これらの取り組みの概要と意義、そして日本の産業競争力と環境目標の両立に向けた課題について解説します。

GX提言とは?基本的な概要や要点を簡単に解説

GX提言の概要

提言の主要目標

GX提言では、複数の分野で具体的な数値目標が設定されています。

【温室効果ガス削減目標】

2030年までに2013年度比46%削減、さらに50%削減への挑戦を掲げています。長期的には2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指しています。

【エネルギー分野】

2030年の電源構成において再生可能エネルギーの比率を36〜38%に引き上げることを目標としています。また、水素・アンモニア発電の比率を1%程度とすることも目指しています。

【産業部門】

自動車産業において2035年までに新車販売で電動車100%を目標としています。さらに、2030年までに船舶の省エネ性能を40%改善することも掲げられています。

【経済効果】

2030年までにグリーン分野で年間約90兆円の経済効果と約350万人の雇用創出を目指しています。これを実現するための投資として、2030年までに官民合わせて150兆円規模の投資を呼び込むことを目標としています。

【技術開発】
2050年までに革新的環境イノベーション戦略で掲げた目標を実現することを目指しています。例えば、CO2回収・貯留技術のコストを現状の約4分の1(1,000円/t-CO2以下)に低減することなどが含まれます。

これらの数値目標は、日本のGXを具体化し、その進捗を測る重要な指標となっています。政府は、これらの目標達成に向けて様々な政策を展開し、定期的に進捗状況を評価・公表していく予定です。

日本政府による提言の背景

日本政府が2022年にGX(グリーントランスフォーメーション)提言を発表した背景には、主に大きく三つの要因があります。

第一に、日本の2050年カーボンニュートラル宣言を実現するためには、経済社会システム全体の変革が必要でした。GX提言は、2050年カーボンニュートラル目標を達成するための、環境対策と経済成長の両立を目指した包括的なアプローチを提示しています。さらに、2030年に向けた中期的な投資計画や政策を含んでおり、カーボンニュートラル実現を現実的に後押しするものとなっています。

第二に、地球温暖化対策の国際的な機運の高まりが挙げられます。先進国を中心に環境技術や脱炭素化への取り組みが加速しており、日本も遅れを取らないよう、GXを通じて技術革新と産業競争力の強化を図る必要があります。EUのカーボンボーダー調整メカニズム(CBAM)など、国際的な環境規制が強化される中、日本の産業界もこれに対応するためのGXが重要となってくるでしょう。

第三に、ESG投資の拡大が懸念されます。環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)を重視するESG投資が世界的に拡大しており、日本企業や日本市場の魅力を高めるため、GXの推進が不可欠となっています。

2030年に向けた投資計画

GX提言では、2030年に向けて官民合わせて約150兆円規模の投資を計画しています。この大規模な投資は、日本の脱炭素化と経済成長の両立を目指すものです。

投資の主な内訳は以下のとおりです:
1.再生可能エネルギー:約20兆円
太陽光、風力、地熱などのクリーンエネルギー源の拡大に投資します。
2.水素・アンモニア:約8兆円
次世代エネルギー源として期待される水素とアンモニアの開発と普及に充てられます。
3.蓄電池:約2兆円
再生可能エネルギーの安定供給に不可欠な蓄電技術の向上に投資します。
4.電動車:約8兆円
自動車産業の電動化を推進するための投資です。
5.デジタルインフラ:約5兆円
エネルギーの効率的な利用を可能にするスマートグリッドなどに投資します。

これらの投資を促進するため、政府は「GX経済移行債」(仮称)の発行を検討しています。この債券を通じて調達した資金は、企業の脱炭素化投資を支援するために使用される予定です。

また、民間投資を呼び込むための規制緩和や税制優遇措置なども計画されています。この投資計画は、日本のエネルギー構造の変革、新産業の創出、国際競争力の強化を目指すとともに、グローバルな脱炭素化にも貢献することを期待しています。

カーボンプライシングの導入

排出量取引制度の概要

この制度は、CO2排出削減を経済的に促進するための仕組みです。政府が企業ごとにCO2排出量の上限を設定し、それに応じた排出枠を割り当てます。企業は割り当てられた範囲内でCO2を排出でき、超過する場合は他企業から排出枠を購入する必要があります。

特徴は、CO2排出に価格をつけることで企業に削減のインセンティブを与える点です。削減コストが低い企業は自社で削減を進め、高い企業は排出枠を購入するなど、各企業が最も経済的な方法で対応します。

目的は、全体のCO2排出量を確実に削減し、最も効率的な方法に資源を集中させ、技術革新を促進することです。

世界の多くの国や地域で既に導入されており、日本でも本格導入に向けた検討が進められています。適切な排出枠の設定や国際的な制度の調和などが課題となっています。

「国内排出量取引制度について」平成25年7月 環境省地球温暖化対策課 市場メカニズム室
https://www.env.go.jp/content/900444398.pdf

資金調達策

炭素税の検討状況

日本では、2012年に導入された低率の温暖化対策税(ガソリン1リットルあたり約0.76円程度)に続き、より本格的な炭素税の検討が環境省を中心に進められています。しかし、産業界からの反対や適切な税率設定、税収の使途決定、他の温暖化対策との整合性など、複数の課題に直面しています。

政府は2050年カーボンニュートラル実現の重要施策として炭素税を位置付けていますが、具体的な導入時期や制度設計はまだ明確になっていません。現在、関係省庁間での調整が進行中であり、今後の展開が注目されています。

GX経済移行債の発行

日本政府は、脱炭素社会への移行を促進するため、「GX経済移行債」の発行を決定しました。この新たな国債は、環境に配慮した経済への転換を目指すものです。

主な特徴:
● 目的:再生可能エネルギーなど脱炭素技術の開発・普及促進
● 規模:10年間で最大20兆円
● 償還:将来導入予定のカーボンプライシングによる収入を原資とする
● 効果:民間投資促進、産業競争力強化

この債券は2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロ目標達成に向けた重要施策ですが、将来の炭素価格制度の不透明さや債務増加への懸念も指摘されています。政府は、官民一体となった脱炭素への取り組みを加速し、環境問題対応と経済成長の両立を目指しています。

GX提言において鉄鋼業界における革新的な技術とされるグリーンスチールとは?

グリーンスチールの定義

グリーンスチールは、環境への影響を大幅に低減して生産される鉄鋼を指す新しい概念です。
従来の石炭を使用する製鉄方法とは異なり、水素や電気などのクリーンなエネルギー源を用い、新技術を採用してCO2排出量を50%以上削減することを目指しています。

また、スクラップ鉄の再利用や生産過程全体での環境配慮も特徴です。建設業や自動車産業の脱炭素化に貢献すると期待されていますが、高い生産コストが課題となっており、技術開発と普及促進が進められています。グリーンスチールは、持続可能な鉄鋼生産を実現するための重要な取り組みとして注目されています。

従来の製鉄法との違い

グリーンスチールは、従来の製鉄法と比較して環境負荷を大幅に軽減する革新的な製造プロセスです。従来法が鉄鉱石と石炭を原料とし、化石燃料を主なエネルギー源として高炉で製造するのに対し、グリーンスチールは水素や電気分解などの代替還元剤を使用し、再生可能エネルギーを活用します。この方法により、CO2排出量を大幅に削減または完全にゼロにすることが可能となります。

グリーンスチールは直接還元法や電気炉などの新技術を採用しており(下記参照)、従来の高炉方式とは異なるアプローチを取ります。現時点ではコストが高いという課題がありますが、技術の進歩と生産規模の拡大により、将来的にはコスト低下が期待されています。

「鉄鋼業のカーボンニュートラルに向けた国内外の動向について』経済産業省
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/energy_structure/pdf/010_04_00.pdf

鉄鋼業界のCO2排出量の現状

鉄鋼業界は現在、世界のCO2排出量の約7-9%を占める主要な排出源となっています。この排出の大部分は、高炉での製鉄過程で使用される石炭(コークス)に起因します。さらに国内では製造業における業界別CO2排出量として最も大きい割合を占めています。

グリーンスチールの利点と課題

利点:
1. 再生可能エネルギーの利用によるCO2排出量の大幅な低減
2. 化石燃料への依存度が下がり、持続可能性の高い生還が可能
3. 環境規制や炭素税への規制対応が可能
4. 企業イメージの向上

課題:
1. 高い生産コスト
2. 大規模生産に向けた技術向上、グリーンスチールとする基準の定義付け
3. 水素製造や再生可能エネルギー供給のためのインフラ整備
4. 高コストの製品の市場の受け入れ
5. 既存設備の転換、初期投資
6. 技術開発や普及のための政府の支援策

グリーンスチールは新たな技術革新における画期的なCO2排出量の低減策のように思えますが、まだまだ課題も多いのが現状です。特に、①どのような測定方法で、②どれくらいCO2を削減した鉄鋼をグリーンスチールと呼ぶのかと、いう定義つけが大きな課題となっています。

そこで国際エネルギー機関(IEA: International Energy Agency)は、2022年に「ニア・ゼロ・エミッション素材」の定義の案を提案しました。それにより、鉄鋼を生産する際に使う原材料に応じて基準となるCO2排出量が定められ、正式なグリーンスチールをどう生産するかという議論と、各国企業の挑戦が始められたのです。

各国の先進的な企業の取り組み

先進国におけるグリーンスチールの事例を紹介します。2050年のカーボンニュートラルに向けてではなく、より早期的に2030年には実用化、導入が実現できるよう取り組みが始まっています。

1. スウェーデン – HYBRIT プロジェクト: SSAB、LKAB、Vattenfall社が協力し、水素を使用した直接還元製鉄法を開発しています。2020年に試験プラントを稼働させ、2026年までに実用化を目指しています。

2. ドイツ – thyssenkrupp社の水素製鉄: デュイスブルクの製鉄所で、水素を利用した製鉄技術の実証実験を行っています。2025年までに大規模な水素製鉄設備の導入を計画しています。

3. オーストリア – voestalpine社のH2FUTURE プロジェクト: リンツの製鉄所で、世界最大級の水電解装置を用いた水素製造と利用の実証実験を行っています。

4. 日本 – 日本製鉄のCOURSE50プロジェクト: CO2排出削減のための技術開発を進めており、水素還元や CO2分離回収技術の研究を行っています。

5. オランダ – Tata Steel社のHIsarna技術: 溶融還元技術を用いてCO2排出を削減する新しい製鉄プロセスを開発しています。

6. アメリカ – Boston Metal社の電解製鉄: 電気分解を利用した新しい製鉄技術を開発しており、ベンチャー企業として注目を集めています。

(出典)各組織HP

日本のグリーンスチール戦略

政府の施策

1. グリーンイノベーション基金
● 2兆円規模の基金を設立し、脱炭素技術の開発を支援
● 製鉄プロセスの脱炭素化も重点分野の一つとして含まれる

2. 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略
● 鉄鋼業を含む14の重点分野を設定
● 水素還元製鉄技術の確立を目指す

3. カーボンニュートラルに向けた投資促進税制
● 脱炭素化設備への投資に対する税額控除や特別償却を認める

4. NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による支援
● 水素還元製鉄やCO2分離回収などの技術開発プロジェクトを支援

5. クリーンエネルギー戦略
● 産業の脱炭素化に向けたロードマップを策定
● グリーンスチール技術の開発・導入を推進

6. 国際協力の推進
● 日EU間での協力や、アジア諸国との技術協力を推進

7. グリーンイノベーション基金事業
● 製鉄プロセスの脱炭素化に向けた技術開発を支援
● 水素還元製鉄や高炉でのCO2排出削減技術などが対象

主要鉄鋼メーカーの取り組み

日本の主要鉄鋼メーカーも、それぞれCO2削減に向けて様々な方法で取り組みを行っています。日本政府からの支援策は大企業のみならず、中小企業への低利融資なども用意されているため、これからは鉄鋼業界全体でCO2削減に取り組むことが期待されます。

日本製鉄
COURSE50プロジェクトを中心にCO2排出削減技術の開発に力を入れており、水素還元製鉄技術の開発にも取り組んでいます。同社は2050年カーボンニュートラル目標を掲げ、長期的な視点で技術革新を進めています。

JFEスチール
CCU技術の開発やフェロコークス技術による高炉でのCO2削減に注力しています。2050年カーボンニュートラルへのロードマップを策定し、段階的な排出削減を目指しています。

神戸製鋼所
MIDREX直接還元法の技術開発と普及に強みを持ち、水素還元製鉄技術の開発も進めています。また、バイオマス利用によるCO2削減にも取り組んでおり、多角的なアプローチで環境負荷の低減を図っています。

日立金属、大同特殊鋼
電気炉を活用したCO2排出削減に重点を置いています。特に日立金属はリサイクル鋼材の利用拡大を、大同特殊鋼は電気炉での省エネルギー技術の開発とスクラップ利用の拡大を進めています。

(出典)各社HP

関連産業への影響

特に影響が出やすい三大業界についてまとめました。グリーンスチールが普及することでそれぞれの業界のScope3における排出量も低減することが予想されています。

1. 自動車産業
低炭素排出の鋼材使用により、車両の環境性能が向上します。これは、厳格化する排出規制への対応を容易にし、環境意識の高い消費者からの支持獲得にも繋がります。また、新しい鋼材特性に合わせた車体設計や製造プロセスの見直しが必要となり、自動車業界も技術革新が促進する可能性があります。軽量化と強度の両立など、新たな材料開発競争も予想されます。

2. 建設業
グリーンスチールを活用した環境配慮型建築の需要が増加すると考えられます。これにより、建築物のライフサイクルCO2排出量の大幅な削減が可能となり、持続可能な都市開発に貢献します。また、グリーンビルディング認証の取得がより容易になり、不動産価値の向上にも繋がる可能性があります。さらに、既存の鉄骨構造物の改修や建て替え需要も増加し、建設業界に新たな事業機会をもたらすでしょう。

3. エネルギー産業
グリーンスチール製造に必要な再生可能エネルギーと水素の需要が急増します。これにより、太陽光発電や風力発電などのクリーンエネルギー設備の大規模な導入が進むと同時に、水素製造・供給インフラの整備が加速するでしょう。一方で、従来の化石燃料への依存度が低下し、エネルギー産業の構造転換が進むことが予想されます。電力網の強化や安定化、大規模な水素貯蔵・輸送システムの構築など、新たなインフラ投資も必要となるでしょう。

将来展望とまとめ

グリーンスチールの将来展望としては、技術革新と社会経済の変化を反映した多角的な発展が予想されます。2030年頃から商業規模での生産開始が見込まれ、技術の成熟とコスト低減により、徐々に普及が進むと考えられます。

さらに、世界的な環境規制の強化とカーボンニュートラル政策により、グリーンスチールへの移行が加速すると予想されます。同時に、環境意識の高まりにより、様々な産業での需要拡大が期待されます。この過程で、鉄鋼業界のサプライチェーン全体が変革され、再生可能エネルギーや水素産業との連携が進むでしょう。水素還元、電解製鉄、CCUSなど、多様な技術アプローチの発展も見込まれます。

長期的には、グリーンスチールは鉄鋼業界の新標準となる可能性が高く、持続可能な社会実現の重要な要素となるでしょう。ただし、この移行には技術的、経済的、社会的な課題があり、それらの解決に向けた継続的な取り組みが必要となります。

グリーンスチールが普及する未来に向けて、未だ存在する課題を踏まえつつ知識を備えていきましょう。

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