大気汚染の原因「NOx・SOx」とは|酸性雨・光化学スモッグの仕組みと企業の対策

近年、環境問題への関心が高まる中で、「NOx(窒素酸化物)」と「SOx(硫黄酸化物)」が大気汚染や地球環境に与える影響についての議論が活発になっています。NOxやSOxは、酸性雨や光化学スモッグの原因となるだけでなく、人の健康や生態系にも深刻な影響を及ぼします。本記事では、NOx・SOxとは何か、それらがもたらす環境問題、そして削減に向けた技術や規制について詳しく解説します。
目次
NOx・SOxの基礎知識
NOx・SOxとは?
NOx(窒素酸化物)とSOx(硫黄酸化物)は、大気汚染の原因となる主要な物質です。どちらも目に見えない気体で、呼吸器系への影響や酸性雨、光化学スモッグなどの原因となります。
NOx(窒素酸化物)
窒素と酸素が化合した物質の総称です。窒素酸化物には、一酸化窒素 (NO)、二酸化窒素 (NO2)、一酸化二窒素 (N2O) など、様々な種類があります。このため、窒素酸化物をまとめて NOx と表記します。x は、酸素原子の数が変化することを表しています。主なものは一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)です。
SOx(硫黄酸化物)
硫黄と酸素が化合した物質の総称です。こちらも、二酸化硫黄 (SO2)、三酸化硫黄 (SO3) など、様々な種類があります。x は、酸素原子の数が変化することを表しています。主なものは二酸化硫黄(SO2)です。
代表的な窒素酸化物
- 一酸化窒素 (NO)
無色無臭の気体です。空気中で容易に酸化されて二酸化窒素になります。
- 二酸化窒素 (NO2)
赤褐色で刺激臭のある気体です。呼吸器系に悪影響を及ぼします。
代表的な硫黄酸化物
- 二酸化硫黄 (SO2)
無色で刺激臭のある気体です。呼吸器系に悪影響を及ぼし、酸性雨の原因となります。
発生源と発生メカニズム
NOxとSOxは、主に燃料の燃焼によって発生します。
- NOxの発生
燃料中の窒素分が高温で酸化されることで発生します。空気中の窒素が高温で酸化される場合もあります。自動車のエンジンや工場のボイラーなど、高温で燃料を燃焼させる設備で多く発生します。
- SOxの発生
燃料中の硫黄分が燃焼することで発生します。石炭や石油などの化石燃料に多く含まれる硫黄が原因となります。
人体や環境への影響
NOxとSOxは、人体や環境に様々な悪影響を及ぼします。
- 呼吸器系への影響
NOxは呼吸器を刺激し、気管支炎や喘息などの原因となります。SOxも同様に呼吸器系に影響を与え、呼吸困難などを引き起こす可能性があります。
- 酸性雨
NOxとSOxは、大気中で化学反応を起こし、硝酸や硫酸に変化します。これらの酸が雨に溶け込むことで酸性雨が降ります。酸性雨は、森林や湖沼、建造物などに被害を与えます。
- 光化学スモッグ
NOxは、太陽光と反応して光化学スモッグを引き起こします。光化学スモッグは、目や喉の痛み、呼吸困難などの健康被害をもたらします。
- PM2.5
NOxやSOxは、大気中の微粒子状物質(PM2.5)の生成にも関わります。PM2.5は、呼吸器系や循環器系に悪影響を及ぼすことが知られています。
主要な排出源となる産業・施設
NOxとSOxは、様々な産業活動から発生しますが、特に以下の産業・施設が主要な排出源となっています。
製造業
- 鉄鋼業
- 高炉でのコークス燃焼や、焼結工程での硫黄酸化物が発生します。
- 電気炉でのスクラップ溶解時にも、窒素酸化物が発生します。
- 化学工業
- 石油化学製品の製造過程で、燃料燃焼による窒素酸化物や硫黄酸化物が発生します。
- 硝酸や硫酸の製造過程でも、窒素酸化物が発生します。
- 窯業
- セメント製造や陶磁器製造の焼成工程で、燃料燃焼による窒素酸化物や硫黄酸化物が発生します。
エネルギー産業
- 火力発電所
- 石炭や石油などの化石燃料を燃焼させるため、多量の窒素酸化物や硫黄酸化物を排出します。
- 特に、硫黄分の多い重油や石炭を使用する場合、硫黄酸化物の排出量が多くなります。
運輸業
- 自動車
- ガソリンやディーゼル燃料(軽油)の燃焼により、窒素酸化物を排出します。
- ディーゼル車は、特に窒素酸化物の排出量が多い傾向があります。
- 船舶
- 重油を燃料とする大型船舶は、硫黄酸化物の主要な排出源となっています。
- 国際海運における硫黄酸化物排出規制が強化されています。
- 航空機
- ジェット燃料の燃焼により、高高度で窒素酸化物を排出します。
その他
- ビル・家庭
- 暖房用ボイラーや給湯器など、燃料燃焼により窒素酸化物や硫黄酸化物を排出します。
- 都市部では、これらの排出源が集中するため、大気汚染に影響を与えます。
これらの産業・施設では、それぞれのプロセスに合わせた排出量削減対策が求められます。技術革新による対策や、燃料転換による対策、又法規制に従った対策など、多角的な対策が重要となります。
引用 環境省『大気汚染物質排出量総合調査 (令和 2 年度実績 速報値)』
https//www.env.go.jp/content/900399461.pdf
NOxやSOxと共に排出される煤塵(ばいじん)とは?
煤塵は、物質が燃焼する際に発生する微細な固体粒子です。主に、燃料の不完全燃焼によって生じるすすや、燃焼に伴って発生する灰などが含まれます。
煤煙(ばいえん)との関係
煤塵は、しばしば「煤煙」という言葉と組み合わせて使われます。煤煙とは、燃焼によって発生する煙と、その中に含まれる煤塵の総称です。つまり、煤塵は煤煙の中に含まれる固体微粒子成分ということになります。
煤煙の組成
煤煙は、様々な物質の混合物であり、その組成は燃焼条件や燃料の種類によって大きく異なります。主な成分としては、以下のものが挙げられます。
- 煤塵(固体微粒子)
すす、灰、金属酸化物など
- 気体
二酸化炭素、水蒸気、一酸化炭素、窒素酸化物(NOx)、硫黄酸化物(SOx)など
煤煙の中に含まれる煤塵、NOx、SOxの割合は、燃焼条件や燃料の種類によって大きく異なります。例えば、石炭を燃焼させた場合はSOxや煤塵が多く含まれる傾向があり、自動車の排気ガスにはNOxが多く含まれる傾向があります。
煤塵の環境・健康への影響
煤塵は、大気汚染の原因物質の一つであり、以下のような影響を及ぼします。
環境への影響
- 大気汚染
煤塵は、大気中に浮遊し、視界を悪化させたり、太陽光を吸収して地球温暖化を促進したりする可能性があります。
- 酸性雨
煤塵に含まれる硫黄酸化物や窒素酸化物は、酸性雨の原因となります。
- 水質汚染
煤塵が水に溶け込むことで、水質を汚染する可能性があります。
健康への影響
- 呼吸器系への影響
煤塵を吸い込むと、呼吸器系に沈着し、咳や痰、呼吸困難などを引き起こす可能性があります。長期的な暴露は、喘息や肺がんのリスクを高める可能性も指摘されています。
- 循環器系への影響
煤塵は、血管に侵入し、動脈硬化や心筋梗塞などのリスクを高める可能性があると考えられています。
- 煤塵の対策
煤塵の排出量を削減するためには、以下のような対策が有効です。
- 燃焼効率の改善
燃料を完全燃焼させることで、煤塵の発生を抑制することができます。
- 集塵装置の設置
工場や発電所などでは、集塵装置を設置することで、煤塵を排出前に捕集することができます。
- 燃料の転換
石炭など煤塵の発生量が多い燃料から、天然ガスや再生可能エネルギーなど、よりクリーンな燃料に転換することで、煤塵の排出量を削減することができます。
- フィルターの利用
家庭では、空気清浄機や換気扇などにフィルターを取り付けることで、煤塵を吸い込むことを防ぐことができます。
煤塵は、私たちの健康や環境に悪影響を及ぼす可能性のある物質です。適切な対策を講じることで、煤塵の排出量を削減し、より良い環境を守ることが重要です。
NOx・SOxに対する規制
NOx(窒素酸化物)とSOx(硫黄酸化物)に対する規制は、大気汚染防止と国民の健康保護を目的として、各国で様々な法律や基準が設けられています。ここでは、一般的な規制の概要と、日本における規制について解説します。
国際的な動向
国際海事機関(IMO)
船舶からのSOx排出規制を強化するため、「MARPOL条約附属書VI」を改正し、燃料中の硫黄分濃度上限を段階的に引き下げています。
NOx排出規制についても、エンジン種類や航行区域に応じた基準を設けています。
日本における規制
日本においては、「大気汚染防止法」に基づき、NOxとSOxの排出が規制されています。
- 大気汚染防止法
- 工場や事業場から排出されるNOx、SOxについて、施設の種類や規模に応じた排出基準を定めています。
- 自動車からの排出ガス規制も定めており、NOx、SOxの排出基準を段階的に強化しています。
- また、ばい煙を発生する施設には、ばい煙の測定、記録、保存を義務付けています。
- 排出基準
- 施設の種類、規模、燃料の種類などに応じて、NOx、SOxの排出基準が定められています。
- 基準値は、環境省令により定められており、技術の進歩や環境基準の達成状況に応じて見直されます。
NOx・SOx排出基準の詳細な値は、地域、業種、施設規模、燃料の種類などによって異なるため、ここでは代表的な例として、ボイラーからのばいじん、NOx排出基準値をいくつか紹介します。
ばいじんとNOxの排出基準値一覧
施設種類 | 規模 | 新設基準値 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
On | ばいじん(g/m3N) | NOx | ||||
(%) | 一般 | 特別 | (ppm) | |||
ボイラー | ガス専焼ボイラー | 4万m3N以上 | 5 | 0.05 | 0.03 | 60~100 |
4万m3N未満 | 5 | 0.1 | 0.05 | 130~150 | ||
重油専焼及びガス液体混焼ボイラー | 20万m3N以上 | 4 | 0.05 | 0.04 | 130~150 | |
4~20万m3N | 4 | 0.15 | 0.05 | 150 | ||
1~4万m3N | 4 | 0.25 | 0.15 | 150 | ||
1万m3N未満 | 4(注) | 0.3 | 0.15 | 180 | ||
黒液燃焼ボイラー | 20万m3N以上 | 0.15 | 0.1 | |||
4~20万m3N | 0.25 | 0.15 | ||||
4万m3N未満 | 0.3 | 0.15 | ||||
石炭燃焼ボイラー | 20万m3N以上 | 6 | 0.1 | 0.05 | 200~250 | |
4~20万m3N | 6 | 0.2 | 0.1 | 250~320 | ||
4万m3N未満 | 6 | 0.3 | 0.15 | 250~350 | ||
触媒再生塔附属ボイラー | 4 | 0.2 | 0.15 | |||
その他のボイラー | 4万m3N以上 | 6(注) | 0.3 | 0.15 | ||
4万m3N未満 | 6(注) | 0.3 | 0.2 |
(注)この規定の適用については当分の間、On=Osとし、酸素濃度補正を行わない。
環境省では、ボイラーからの排出基準値以外にも、多くの分野での排出基準値を公開しています。
参照 https://www.env.go.jp/air/osen/law/t-kise-6.html
SOx排出基準値については、都道府県条例により定められている場合が多く、一律の値を示すことはできません。ただ、ボイラー、廃棄物焼却炉等における燃料や鉱石等の燃焼では、以下のように基準が定められます。
硫黄酸化物 (SOx) | ボイラー、廃棄物焼却炉等における燃料や鉱石等の燃焼 | 1) 排出口の高さ(He)及び地域ごとに定める定数Kの値に応じて規制値(量)を設定 許容排出量(Nm3/h)=K×10-3×He2 一般排出基準:K=3.0~17.5 特別排出基準:K=1.17~2.34 2) 季節による燃料使用基準 燃料中の硫黄分を地域ごとに設定 硫黄含有率:0.5~1.2%以下 3) 総量規制 総量削減計画に基づき地域・工場ごとに設定 |
参照 環境省HP 『工場及び事業場から排出される大気汚染物質に対する規制方式とその概要』
https://www.env.go.jp/air/osen/law/t-kisei1.html
- 自動車排出ガス規制
- 自動車からのNOx、SOx排出量を削減するため、排出ガス規制が段階的に強化されています。
- 最新の規制では、NOx、SOxに加えて、粒子状物質(PM)の排出も規制されています。
- その他関連法規
- 環境基本法
- 地球温暖化対策の推進に関する法律
規制の動向
近年、PM2.5など微小粒子状物質による大気汚染が深刻化しており、NOx、SOxとPM2.5の関連性が指摘されています。そのため、NOx、SOxの排出規制と同時に、PM2.5の排出抑制対策も強化されています。
また、地球温暖化対策の観点から、化石燃料の燃焼に伴うCO2排出量削減も求められており、NOx、SOx対策とCO2対策を統合的に進めることが重要となっています。
企業の対応
企業は、関連法規を遵守し、NOx、SOxの排出量を削減するための対策を実施する必要があります。排出量削減技術の導入や、燃料転換、省エネルギー化など、様々な対策が考えられます。また、環境負荷低減に向けた企業の取り組みは、社会的な評価にもつながるため、積極的に情報開示を行うことが重要です。
これらの規制を遵守し、環境負荷の低減に努めることは、企業の社会的責任であると同時に、持続可能な社会の実現に貢献することにつながります。
環境省HP 大気汚染防止法:https//www.env.go.jp/laws/kisei/taiki.html
経済産業省HP: https//www.meti.go.jp/
海外での規制
アメリカ合衆国の例
- 環境保護庁(EPA)
EPAは、大気浄化法(Clean Air Act)に基づき、固定発生源からのNOx排出基準を設定しています。発電所、産業施設、ボイラーなど、様々な施設が規制対象です。地域ごとの大気質基準も設定されています。
アメリカ合衆国環境保護庁(EPA):https://www.epa.gov/
アメリカ大気浄化法(Clean Air Act):https://www.epa.gov/clean-air-act-overview
欧州連合(EU)の例
- 産業排出指令(IED)
EUでは、産業排出指令(IED)に基づき、固定発生源からのNOx排出基準が設定されています。大規模な産業施設が主な規制対象です。
中国の例
- 中華人民共和国生態環境部
中国では、大気汚染防止法に基づき、固定発生源からのNOx排出基準が設定されています。石炭火力発電所、産業施設などが主な規制対象です。
中華人民共和国生態環境部:http://english.mee.gov.cn/
日本企業における実際の対策例
排煙脱硫・脱硝装置の設置
排煙脱硫装置
排ガス中のSOxを化学反応によって除去する装置です。主な方式として、湿式脱硫と乾式脱硫があります。
- 湿式脱硫
- 吸収液(石灰石スラリーなど)に排ガスを接触させ、SOxを吸収・除去します。
- 除去効率が高いのが特徴です。
- 乾式脱硫
- 吸収剤(活性炭、活性コークスなど)に排ガスを接触させ、SOxを吸着・除去します。
- 排水が出ないのが特徴です。
排煙脱硝装置
排ガス中のNOxを化学反応によって除去する装置です。主な方式として、接触還元法(選択触媒還元法SCR、選択非触媒還元法SNCR)があります。
- SCR
- 触媒を用いて、アンモニアとNOxを反応させ、窒素と水に分解します。
- 高い除去効率が得られます。
- SNCR
- 触媒を用いずに、高温下でアンモニアなどをNOxと反応させます。
- SCRに比べて除去効率は低いですが、設備が比較的簡易です。
実施企業
- 日本製鉄
湿式脱硫設備、活性コークス式乾式脱硫脱硝設備などを導入。
参考:日本製鉄 公式HP「大気リスクマネジメント」
https//www.nipponsteel.com/csr/env/env_risk/air.html
- JSR株式会社
排煙脱硫装置、脱硝装置を設置。
参考:JSR株式会社公式HP「汚染予防に向けた取り組み」
https//www.jsr.co.jp/sustainability/2022/environment/others.shtml
低NOxバーナーの導入
燃焼時のNOx生成を抑制するために、特殊な構造や燃焼方式を採用したバーナーです。主な技術として、以下のようなものがあります。
- 多段燃焼
燃料と空気を段階的に混合・燃焼させることで、高温領域を減らし、NOx生成を抑制します。
- 排ガス再循環
排ガスの一部を燃焼用空気に混ぜて再循環させることで、燃焼温度を下げ、NOx生成を抑制します。
- 希薄燃焼
燃料と空気を薄く混合して燃焼させることで、燃焼温度を下げ、NOx生成を抑制します。
実施企業
- 日本製鉄
低NOxリジェネバーナーを採用。
参考:大気リスクマネジメント | 環境リスクマネジメントの推進 | サステナビリティ | 日本製鉄 – Nippon Steel
- JSR株式会社
低NOxバーナーを導入。
燃料転換
硫黄分や窒素分の少ない燃料に転換することで、SOxやNOxの排出量を削減します。主な燃料転換の例として、以下のようなものがあります。
- 低硫黄燃料への転換
重油から低硫黄重油や軽油への転換など。
- 天然ガスへの転換
天然ガスは硫黄分がほとんど含まれないため、SOx排出量を大幅に削減できます。
- バイオマス燃料への転換
木質ペレットやバイオマス発電など、再生可能なエネルギー源への転換も進んでいます。
実施企業
- JSR株式会社
重油から都市ガスへの燃料転換を実施。
その他
- 燃料脱硫
燃料中の硫黄分を事前に除去する。
- 排ガス混合燃焼方式
排ガスと燃焼ガスを混合することで、NOx生成を抑制する。
- 電気集じん装置
ばいじんを除去することで、大気汚染物質の排出を抑制する。
まとめ
NOxとSOxは、酸性雨や大気汚染の原因となり、環境や人々の健康に深刻な影響を及ぼします。しかし、排出規制や技術革新により、近年ではこれらの削減が進んでいます。
今後は、クリーンエネルギーへの転換、環境に優しい技術の開発、国際的な協力がさらに求められます。日本も、ハイブリッド車や水素燃料技術、排出ガス浄化技術の分野で世界をリードする立場にあり、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを強化していくことが期待されています。
NOx・SOxの削減は、一企業や一国だけでは解決できない問題です。世界各国が連携し、環境負荷の少ないエネルギーや技術を活用することで、よりクリーンで持続可能な未来を築いていくことが重要です。

