紛争鉱物とは?定義から問題点、企業の対応まで徹底解説
サプライチェーンのコンプライアンスにおいて、近年最も注目を集めている課題の一つが紛争鉱物問題です。
特にコンゴ民主共和国およびその周辺国での深刻な人権侵害や、武装勢力の資金源となっている実態が、グローバルな課題として認識されています。
企業の調達担当者やESG投資関係者にとって、紛争鉱物への対応は避けては通れない重要なテーマ。
本記事では、紛争鉱物の定義から具体的な事例、さらには企業に求められる対応まで、実務担当者の視点で分かりやすく解説していきます。
コバルトなどの具体的な鉱物の種類から、各国の規制動向、そしてCMRTなどの実践的な調査手法まで、現場で必要な情報を詳しく見ていきましょう。
紛争鉱物の基礎知識と現状
紛争鉱物とは、武装勢力が採掘や取引を通じて資金を得る鉱物のことで、これらの鉱物は、スマートフォンや自動車、電子機器など、私たちの生活に欠かせない製品に使用されています。
そんな紛争鉱物の基礎知識と現状について見ていきます。
紛争鉱物とは
紛争鉱物は、武装勢力が資金調達のために採掘や取引を行う鉱物資源のことを指します。
特にアフリカのコンゴ民主共和国および周辺国で採掘される鉱物が国際的な問題となっています。
これらの鉱物の採掘や取引によって得られた資金が、地域の紛争を助長したり、人権侵害を引き起こす原因となっているのです。
紛争鉱物の問題は、2010年にアメリカで成立したドッド・フランク法により、世界的な注目を集めるようになりました。
この法律により、上場企業は紛争鉱物の使用状況を開示することが義務付けられています。
紛争鉱物一覧
主な紛争鉱物には以下の4種類(通称:3TG)があります。
- 錫(Tin)
- タンタル(Tantalum)
- タングステン(Tungsten)
- 金(Gold)
1. 錫(Tin)- 電子機器をつなぐ接着剤
- 主な用途
- スマートフォンやタブレットの基板接合
- 電子回路の半田付け材料
- 食品缶の内側のコーティング
- 採掘状況
- コンゴ民主共和国東部にて採掘
- 年間生産量:約35万トン(2023年推定)
- 零細採掘者による危険な手掘り作業が主流
2. タンタル(Tantalum)- 小型化を可能にする希少金属
- 主な用途
- スマートフォンの小型コンデンサ
- 医療用インプラント
- 高性能レンズのコーティング
- 重要性
- 電子機器の小型軽量化に不可欠
- 代替材料が極めて困難
- 価格高騰により採掘が活発化
3. タングステン(Tungsten)- 最高硬度を誇る工業用金属
- 産業での活用
- 切削工具の硬化材料
- 電球のフィラメント
- 医療用X線装置の遮蔽材
- 採掘地域の特徴
- ルワンダとコンゴが主要産地
- 地下深くでの過酷な採掘作業
- 環境破壊を伴う露天掘りも
4. 金(Gold)- 工業と装飾の両面で需要が高い
- テクノロジーでの利用
- 電子部品の配線材料
- 半導体チップの接点
- 通信機器の電波シールド
- 市場の特徴
- コンゴ東部での違法採掘が横行
- 密輸ルートを通じた国際取引
- 武装勢力の主要な資金源
※OECDでは特定の地域(主にコンゴ民主共和国とその周辺)で採掘されたスズ、タンタル、タングステン、金(3TG)を紛争鉱物と定義しています。そのため、他地域で採掘されたこれらの鉱物は該当しません。
5番目の紛争鉱物「コバルト」
近年、コバルトが「第5の紛争鉱物」として注目されています。
コバルトは、リチウムイオン電池の重要な材料として使用され、電気自動車の普及に伴い需要が急増しています。
コンゴ民主共和国は世界のコバルト産出量の約70%を占めており、全体のコバルト生産の約20%が非公式の小規模鉱業から供給されています。そういった採掘現場では以下のような深刻な問題が報告されています。
- 児童労働の横行
- 劣悪な労働環境
- 環境破壊
- 地域社会への悪影響
世界的な自動車メーカーやテクノロジー企業は、サプライチェーンの透明性確保と、倫理的な調達の実現に向けた取り組みを強化しています。
紛争鉱物がもたらす社会問題
紛争鉱物がもたらす社会問題は3つ。
- 人権問題
- 貧困問題
- 地域紛争の激化・長期化
目を背けることはできない、これらの問題について解説します。
紛争地域における人権問題の実態
紛争鉱物が採掘される地域では、深刻な人権侵害が起きています。労働者は危険な環境で働かされ、子どもが強制的に採掘作業に従事することも少なくありません。
これらの背景には、武装勢力が鉱山を支配し、採掘の利益を武器購入に使っている現状があります。鉱山での労働者は十分な賃金や安全な環境を得られず、生活の改善が望めません。
▼特に深刻な問題
- 労働のため教育の機会を失う子どもが多い
- 適切な報酬が支払われない場合もある
- 強制的に危険な作業をさせられる
- 地域住民への威嚇
- 労働者への暴力的な制裁
採掘による貧困問題の連鎖
紛争鉱物の採掘は、地域住民の貧困をさらに深刻化させます。鉱物の収益が地域に還元されず、一部の権力者や武装勢力に独占されるためです。
その結果、インフラ整備や教育への投資が滞り、住民は基本的な生活を維持することすら困難になります。特に、教育を受けられない子どもたちは将来の職業選択肢を失い、貧困から抜け出せません。
▼貧困問題がなくならない理由
- 不当な利益配分
- 採掘による利益の大部分が武装組織に流れる
- 労働者への賃金が極めて低い
- 環境破壊
- 農地の破壊により、従来の生計手段を失う
- 水質汚染で漁業にも影響
- 森林破壊による生態系の崩壊
- 教育機会の喪失
- 子どもたちが学校に通えない
- 貧困の世代間連鎖が続く
地域紛争の激化と長期化
紛争鉱物は、地域紛争を激化させる要因の一つです。採掘による収益が武装勢力の資金源となり、対立が激しくなるからです。
たとえば、アフリカの一部地域(コンゴの北キヴ州など)では、複数の勢力が鉱物資源の支配を巡って衝突しています。これにより、住民が避難を余儀なくされ、多くの人々が難民として生活することを強いられています。
この問題を抑えるために、紛争鉱物の取引を規制する国際的な取り組みが必要です。OECDやEUの指針に基づき、企業に対して責任ある調達を義務化することで、紛争の資金源を断つことができます。
紛争鉱物についての世界各国の規制動向
紛争鉱物について、世界各国はどのような規制を行っているのでしょうか。多くの国や企業が取り組む規制について見ていきましょう。
ドッド・フランク法による規制
アメリカでは、2010年に成立したドッド・フランク法が紛争鉱物に関する規制を導入しました。特に、同法のセクション1502では、コンゴ民主共和国やその周辺国で採掘された紛争鉱物が企業のサプライチェーンに含まれていないかを確認することを求めています。
▼ドッド・フランク法の第1502条のポイント
- 対象企業
- アメリカの証券取引所に上場している企業
- 紛争鉱物を製品に使用する企業
- 義務内容
- 紛争鉱物の使用状況の調査
- 年次報告書での情報開示
- サプライチェーンの透明性確保
- 報告要件
- 使用している鉱物の原産地
- デュー・ディリジェンスの実施状況
- 第三者監査の結果
具体的には、対象となる企業は、自社製品に使用される鉱物(タンタル、スズ、タングステン、金など)の出所を調査し、その結果を米証券取引委員会(SEC)に報告する義務があります。これにより、紛争地帯の武装勢力への資金提供を減らすことが期待されています。
2017年以降、トランプ政権下でこの規制が一時的に緩和される可能性が議論され、2018年には法改正が成立。米国での上場企業(SEC登録企業)に対し、製品の機能又は製造に紛争鉱物を必要とするかどうかの確認と開示が求められることになりました。
企業は、サプライチェーンを透明化し、トレーサビリティを確保するために、テクノロジーや認証制度を活用する必要があります。この法律は、企業に大きな影響を与えていますが、同時に倫理的な調達を進める重要な一歩といえます。
OECDガイダンスに基づくデュー・ディリジェンスの実施
OECDのガイダンスは、紛争鉱物の責任ある調達を実現するための指針です。このガイダンスは、国際的なデュー・ディリジェンスの標準を提供し、企業がサプライチェーンの透明性を確保する方法を示しています。
この取り組みの目的は、鉱物の採掘から製品化までの過程を追跡し、リスクを特定して対応することです。具体的には、企業が以下のプロセスを実施することを推奨しています。
- サプライチェーンに関与する全ての事業者とのコミュニケーションを確立
- リスク評価を実施し、必要に応じて改善策を講じる
- 外部監査を実施して透明性を確保
OECDガイダンスは、企業だけでなく各国政府や国際機関による取り組みを促進する枠組みとなっており、グローバルな規範として広く活用されています。
EU紛争鉱物規則
2021年から施行されたEU紛争鉱物規則は、欧州連合における紛争鉱物の取引を規制する枠組みです。この規則は、EU域内に紛争鉱物を輸入する企業に対して、デュー・ディリジェンスの実施を義務づけています。
特に、スズ、タングステン、タンタル、金(3TG)が対象で、これらの鉱物の調達が武装勢力や人権侵害に関与しないことを証明する必要があります。EUの規則は、輸入業者を対象としており、企業の負担を軽減しながら透明性を向上させる仕組みとなっているのです。
EU規則の特徴は、国際的な取り組みと連携している点。
たとえば、OECDガイダンスと整合性を保ちながら、サプライチェーン全体で責任ある調達を推進しています。これにより、ヨーロッパだけでなく世界的な規範となることを目指しています。
紛争鉱物についての日本の規制動向
紛争鉱物について、日本でもさまざまな取り組みが行われています。
責任ある鉱物調達検討会の設立
日本では、紛争鉱物問題への対応を強化するため、経済産業省は2012年に「責任ある鉱物調達検討会」を立ち上げ。日本における紛争鉱物対策の検討を開始しました。
これは、経済産業省が主導し、企業、学術関係者、NGOなどが参加して進められている取り組みです。
▼検討会の主な活動内容
- 情報収集と分析
- 海外の規制動向の調査
- 日本企業への影響評価
- 業界団体からの意見聴取
- 支援体制の構築
- 企業向けガイダンスの作成
- 相談窓口の設置
- セミナーや説明会の開催
- 国際連携の推進
- OECD等との協力関係構築
- アジア地域での取り組み強化
- 国際会議への参加と情報発信
この検討会の目的は、サプライチェーン全体で責任ある鉱物調達を推進するための具体的な方針を策定することです。
特に、企業が直面する課題や国際規範との整合性を考慮した指針作りが重要視されています。
たとえば、トレーサビリティの確保やサプライチェーン内でのリスク管理が議題として取り上げられています。これにより、企業が紛争鉱物問題に適切に対応し、社会的責任を果たす環境が整いつつあります。
この検討会は、日本国内の企業が国際基準に沿った調達を進めるための基盤として重要な役割を果たしているのです。
責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドラインの公表
日本政府は、責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドラインを公表し、紛争鉱物を含む調達における人権問題への対応を強化しています。
このガイドラインは、企業が人権リスクを把握し、予防・是正措置を講じるための指針といえるでしょう。
具体的には、以下のポイントが挙げられます。
- サプライチェーンにおける人権侵害リスクの特定
- リスクの評価と緩和策の実施
- ステークホルダーとの連携と情報共有
このガイドラインは、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」やOECDガイダンスに基づいており、グローバルな基準に準じた内容となっています。
特に、紛争鉱物の採掘現場における劣悪な労働環境や人権侵害の解消に向けた具体的な行動が求められています。
企業には、このガイドラインを参考に、自社のサプライチェーン全体で倫理的な行動を徹底することが期待されているのです。
企業の具体的な紛争鉱物への対応方法
企業では、具体的に紛争鉱物についてどのような対応をしているのでしょうか。多くの企業が採用する取り組みを紹介します。
サプライチェーンの調査
紛争鉱物問題への第一歩は、自社のサプライチェーンを徹底的に調査することです。
▼サプライチェーンの調査の流れ
- 調査準備段階
- 社内体制の構築
- 調査対象の特定
- スケジュール策定
- 担当者の教育
- 一次調査
- 直接取引先への調査票送付
- 製品に含まれる鉱物の確認
- 原産地情報の収集
- 二次調査以降
- サプライヤーの上流への調査依頼
- 製錬所情報の収集
- リスク評価の実施
紛争鉱物がどのようなルートで自社製品に使用されているかを把握しなければ、問題に適切に対応できません。
そのため企業は、製品に使用される鉱物の出所を明確にし、その流通経路を追跡する必要があります。
具体的には、サプライヤーへのアンケート調査や契約書での情報共有が有効です。また、トレーサビリティシステムを導入することで、鉱物の生産から最終製品までの経路を可視化することも可能です。
この取り組みは、サプライチェーン全体の透明性を高めるとともに、リスクを特定しやすくします。結果として、責任ある調達の実現につながります。
CMRTを活用した紛争鉱物調査手法
CMRT(Conflict Minerals Reporting Template)は、企業が紛争鉱物を調査する際に活用できる標準的なツールです。
CMRTは、サプライヤーから情報を収集するためのフォーマットで、製品に使用される鉱物の出所や製錬所の情報を明確にします。このテンプレートは無料で利用でき、簡単に導入できる点がメリット。
具体的な使用方法は以下の通りです。
- サプライヤーにCMRTを配布し、必要情報を記入してもらう
- 回収した情報を集約し、分析する
- 不明点がある場合は追加調査を実施する
CMRTを使用することで、サプライチェーン全体のリスク評価が効率的に行えます。さらに、国際規範に準拠した報告書の作成にも役立つため、多くの企業が採用しています。
RMI認証製錬所からの調達戦略
RMI(Responsible Minerals Initiative)が認証する製錬所からの調達は、企業が責任ある調達を実現する有効な手段です。
RMIは、鉱物の採掘から製品化までの過程で、紛争や人権侵害に関与しないことを保証する認証プログラムを提供しています。この認証を取得した製錬所は、厳格な基準を満たしているため、安全な取引先として選ばれます。
企業は、以下の方法でRMI認証製錬所から調達することが可能です。
- RMIの公開リストを参照し、認証済みの製錬所を確認
- サプライヤーに認証製錬所を利用するよう促す
- 調達契約に責任ある調達の基準を明記する
この取り組みは、紛争鉱物に関連するリスクを大幅に軽減します。さらに、消費者や投資家からの信頼を得るためにも、重要な戦略といえます。
まとめ
紛争鉱物は、社会問題や紛争の激化を引き起こす一方で、日常生活に欠かせない製品に使用されています。これに対し、国際社会や企業はさまざまな規制や取り組みを進めています。
企業が責任ある行動を取ることで、紛争鉱物問題の解決に寄与できる可能性があります。
私たちも、これらの背景を知り、持続可能な未来に向けた行動を選択していくことが求められています。