進化するコーポレートPPA:企業の再エネ調達の新たな展望
近年、気候変動への対応やサステナビリティの向上を目指す企業が増える中で、再生可能エネルギーの導入は避けられない課題となっています。その中でも、企業が再生可能エネルギーを長期的かつ安定的に調達する手段として注目を集めているのがコーポレートPPA(Power Purchase Agreement、電力購入契約)です。コーポレートPPAは、企業が再エネ事業者と直接契約を結び、一定期間にわたって再生可能エネルギーを購入する仕組みで、企業のカーボンニュートラル達成やエネルギーコストの安定化に大きな役割を果たします。
本記事では、企業がコーポレートPPAを導入する際に検討すべきポイントについて詳しく解説し、PPAを通じて持続可能なエネルギー戦略を構築するための道筋を提示していきます。
目次
はじめに
コーポレートPPAの定義と目的
定義
コーポレートPPA(Power Purchase Agreement)とは、企業が再生可能エネルギー発電事業者から直接、長期的に電力を調達する契約を指します。この契約では、主に太陽光、風力、水力などの再生可能エネルギー源から生産された電力が対象となります。通常、契約期間は10年から20年程度の長期にわたり、その間、固定価格または市場連動型の変動価格で、契約で定められた一定量の電力を購入することが約束されます。このような長期的かつ直接的な契約により、企業は安定した再生可能エネルギーの調達を実現し、同時に発電事業者の事業の安定性も確保されるという、双方にとって有益な関係が構築されます。
出典:再生可能エネルギー導入方法 PPAモデル|環境省
https://ondankataisaku.env.go.jp/re-start/howto/03/
コーポレートPPAはオンサイトPPAとオフサイトPPAに分けることができ、さらにオフサイトPPAはフィジカルPPAとバーチャルPPAに細分化できます。この記事ではその概要まで解説していきます。
コーポレートPPAの目的
1. 再生可能エネルギーの利用促進
企業が直接再生可能エネルギーを調達することで、クリーンエネルギーの普及に貢献します。
2. 長期的な電力価格の安定化
長期契約により、電力価格の変動リスクを軽減し、安定した事業運営を可能に
します。
3. 企業の環境目標達成
再生可能エネルギーの利用により、CO2排出量削減などの環境目標達成を支援します。
4. コスト削減の可能性
長期的には、再生可能エネルギーのコスト低下により、電力調達コストの削減につながる可能性があります。
5. エネルギー市場の多様化
従来の電力会社以外からの調達を可能にし、エネルギー市場の競争を促進します。
6. 企業ブランドの向上
環境に配慮した企業としてのイメージ向上につながり、ステークホルダーからの評価を高めます。
コーポレートPPAは、企業が再生可能エネルギーを直接調達する手段として、環境保護と事業戦略の両面で有効な手段です。この仕組みにより、企業は自社の環境目標を達成しつつ、長期的なエネルギー戦略を構築することが可能となります。
コーポレートPPAの基本構造
主要な当事者(企業、発電事業者、電力会社)
コーポレートPPAには主に3つの主要な当事者が関わります。
1. 企業(電力購入者):
再生可能エネルギーを調達したい企業です。通常、大規模な電力消費者であり、環境目標の達成や長期的なエネルギーコストの安定化を目指しています。
2. 発電事業者:
再生可能エネルギー発電所(太陽光、風力など)を所有・運営し、電力を供給する事業者です。長期的な収入の安定化を求めています。
3. 電力会社(小売電気事業者):
電力網を管理し、発電された電力を最終的に企業に届ける役割を果たします。一部のPPA構造では、仲介者としての役割も担います。
契約の基本的な仕組み
1. 長期契約
通常、10年から20年程度の長期契約を結びます。これにより、企業は長期的なエネルギーコストの予測が可能になり、発電事業者は安定した収入を確保できます。
2. 固定価格または変動価格
契約では、固定価格または市場連動型の変動価格が設定されます。固定価格は予測可能性が高く、変動価格は市場の変動を反映します。
3. 電力量の保証
契約では、発電事業者が供給する最低電力量と、企業が購入を約束する最低電力量が定められます。
4. 環境価値の取り扱い
再生可能エネルギー証書(REC)などの環境価値の帰属先も契約で明確に定められます。
契約の流れ
1. 企業と発電事業者が直接契約を締結します。
2. 発電事業者は再生可能エネルギーを発電し、電力網に供給します。
3. 電力会社は電力網を通じて企業に電力を供給します。
4. 企業は契約に基づいて発電事業者に支払いを行います。
5. 環境価値(再生可能エネルギー証書など)は、契約に基づいて移転されます。
コーポレートPPAの主要な種類
オンサイトPPA
定義と特徴
オンサイトPPA(Power Purchase Agreement)とは、需要家の敷地内に太陽光発電設備を設置し、発電した電力を長期契約で供給するビジネスモデルです。
環境省 初期投資0での自家消費型太陽光発電施設の導入について
https://www.env.go.jp/earth/kankyosho_pr_jikashohitaiyoko.pdf
主な特徴
1. 初期投資不要:発電事業者が設備を所有・運営
2. 長期契約:通常10〜20年の電力購入契約を締結
3. 敷地内設置:需要家の建物や遊休地を活用
4. 環境価値:再生可能エネルギーの利用によるCO2削減
導入のメリットと課題
オンサイトPPAの導入には、多くのメリットがある一方で、いくつかの課題も存在します。
メリット
1. 初期費用ゼロで再エネ導入が可能
2. 電力コストの削減と安定化
3. RE100等の環境目標達成に貢献
4. BCP(事業継続計画)対策としての活用
課題
1. 長期契約に伴うリスク管理
2. 設置場所の確保と構造的な制約
3. 既存の電力契約との調整
4. 法規制や税制面での取り扱い
これらのメリットと課題を十分に理解し、自社の状況に合わせて検討することが、オンサイトPPA導入の成功につながります。導入を検討する企業は、長期的な視点で費用対効果を分析し、専門家のアドバイスを得ながら慎重に判断することが重要です
オフサイトPPA
オフサイトPPAには主に「フィジカルPPA」と「バーチャルPPA」の2種類があります。これらの仕組みと特徴を比較し、それぞれのメリットと課題を解説します。
フィジカルPPA
仕組み
フィジカルPPAは、再生可能エネルギー発電事業者と需要家が直接結ぶ電力購入契約です。発電所から需要家の施設まで、物理的に電力が供給されます。
特徴
1. 直接的な電力供給:専用の送電線を通じて、発電所から需要家へ直接電力を供給します。
2. 地理的な隣接:多くの場合、需要家の施設近くに発電所を建設します。
3. 長期契約:一般的に10年以上の長期契約を結びます。
4. 価格の安定性:長期固定価格での契約が多く、電力価格の変動リスクを軽減できます。
メリット
– 安定した電力供給が確保できます。
– 再生可能エネルギーの利用を確実に証明できます。
– 長期的な電力コストの管理が可能です。
課題
– 立地に制約があり、適地の確保が必要です。
– 電力需要と供給のバランス調整が必要となる場合があります。
バーチャルPPA
仕組み
バーチャルPPAは、再生可能エネルギー発電事業者と需要家の間で結ばれる金融契約です。実際の電力の物理的な受け渡しは行わず、市場価格と契約価格の差額を精算します。
特徴
1. 金融契約:実際の電力供給を重要家へ伴わない契約形態です。
2. 地理的な柔軟性:発電所と需要家の位置に制約がありません。
3. 大規模プロジェクト対応:大規模な再生可能エネルギープロジェクトにも対応可能です。
4. 再生可能エネルギー証書:需要家は再生可能エネルギー証書(REC)を取得できます。
メリット
– 地理的な制約が少なく、選択肢が広がります。
– 企業のSDGs目標達成や環境対策に貢献します。
課題
– 契約が複雑で、専門知識が必要です。
– 市場価格の変動によっては、想定外のコストが発生する可能性があります。
– 実際の電力供給とは切り離されているため、エネルギー調達の実感が得にくいです。
それぞれの企業のニーズや状況に応じて、最適なPPA形態を選択することが重要です。
バーチャルPPAに関しては、CARBONIX MEDIA内の「バーチャルPPAとは?仕組みとメリットを徹底解説!」でも取り上げていますので、こちらをご覧下さい。
各調達方法の比較
コスト面での比較、リスク分析、環境価値の取り扱いにおける比較情報を表にて表しています。
特徴 | オンサイトPPA | フィジカルPPA | バーチャルPPA |
発電設備の設置場所 | 需要家の敷地内 | 需要家の敷地外 | 地理的制約なし |
電力の供給方法 | 直接供給 | 送配電網や専用線 | 実際の供給なし(金融契約) |
物理的な電力供給 | あり | あり | なし |
プロジェクト規模 | 小~中規模 | 中~大規模 | 大規模 |
送電ロス | 最小限 | 距離に応じて発生 | 考慮しない |
地理的制約 | 強い | ある程度あり | なし |
初期投資 | 場合により必要 | 必要な場合が多い | 少ない |
契約の複雑さ | 比較的シンプル | やや複雑 | 最も複雑 |
電力価格の安定性 | 安定 | 比較的安定 | 市場価格変動の影響あり |
再エネ証書の取得 | 直接取得 | 直接取得 | 取得可能(契約に含む) |
エネルギーの自給自足 | 高い | 中程度 | 低い |
災害時のレジリエンス | 高い | 中程度 | 低い |
大規模再エネ導入 | 難しい | 可能 | 容易 |
送電コスト | 最小 | 発生する | 実際の送電なし |
市場価格変動リスク | 低い | 低い | 高い |
適している需要家 | 小~中規模消費者 | 中~大規模消費者 | 大規模消費者、多拠点企業 |
国内におけるコーポレート PPA事例紹介
■ ニトリ
ニトリグループは、環境に配慮した経営に取り組む基本方針のもと、気候変動が企業活動等への影響に対する情報開示を 求めるTCFD提言に賛同し、積極的に推進する方針を表明しており、温室効果ガス排出量の削減などに取り組むことで気候変動への影響緩和に貢献することを目指しています。 2022年から、設置可能なニトリグループの店舗及び物流倉庫の屋根上を活用した太陽光発電を開始しました。
2030年度までに、設置可能な拠点に順次拡大することで、発電容量は総計80MW規模となり、設備から発電される電力は年間10万MWh(メガワット時)以上となる見込みです。 同発電量は、一般家庭23,000世帯分の年間電力使用量に相当します。
参照 ニトリプレスリリース
https://www.nitorihd.co.jp/news/items/77c9082883733f9c5e23b03099766b01_1.pdf
■ ダイセー倉庫運輸
日本国内で物流ネットワークを展開するダイセー倉庫運輸では、電気自動車やハイブリッド車の導入等、持続可能な社会の実現に向けて事業活動を通じた取り組みを積極的に進行中。2025年7月に竣工されるダイセー倉庫運輸の物流センター「小牧第3物流センター」への屋根上太陽光発電設備の設置及びPPAモデルによる電力の運用が決定したことを発表。
参照PR TIMES「Sustechとダイセー倉庫運輸、新設物流センターにおいてPPAモデルによる屋根上太陽光発電設備を導入」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000027.000092942.html
■ 花王
花王はRE100 加盟企業であり、東京都内の本社で使用する電力を、オフサイトPPA で調達しています。花王は、2019年4月にESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」(キレイライフスタイルプラン)を策定し、19の重点取り組みテーマを設定しています。脱炭素社会の実現に向けた目標として、2040年までにカーボンゼロ、2050年までにカーボンネガティブをめざすことを公表。これまで、自家消費用の太陽光発電設備の導入、コーポレートPPAの採用、非化石証書を使用した電力調達などにより、使用電力の再生可能エネルギー化を進めてきました。PPA事業者である、ジェネックスとみんなパワーは、2021年度に実施されていた補助金「令和3年度二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金」を適用し補助金で削減した分、花王が支払う電気料金の値下げも実現しています。その結果、一般の電気料金と同程度の金額の電気料金に抑えることができています。
参照 KAO HP
https://www.kao.com/jp/newsroom/news/release/2023/20230428-001/
コーポレートPPAにおける検討すべき重要なポイント
企業がコーポレートPPAを検討する際に重要となるポイントを解説します。
I. 市場の変動性と価格リスクの管理
再生可能エネルギー市場は、電力価格の変動や需給バランスの変化により、不確実性が否定できません。特にバーチャルPPAでは、電力市場価格が契約時の予測を下回った場合、企業にとってコストが増加するリスクがあります。
価格戦略
バーチャルPPAでは、契約において価格の上下限を設定し、価格変動リスクを一定の範囲内に抑えることが重要です。これにより、電力市場の価格変動が企業の財務に与える影響を最小限に抑えることができます。
契約期間の柔軟性
長期のPPA契約は、安定した電力供給を確保する一方で、将来の市場価格変動に対して脆弱になる可能性があります。企業は、契約期間の柔軟性を考慮し、適切な期間での契約を結ぶことが求められます。
II. エネルギー規制と政策の変動
エネルギー政策や規制は、国や地域によって異なり、また時間とともに変化します。企業がPPAを締結する際には、現在および将来の規制環境を十分に理解する必要があります。
カーボンプライシングの影響
カーボンプライシング(炭素価格設定)は、二酸化炭素排出に対するコストを反映させる政策です。これにより、再生可能エネルギーの競争力が高まる一方で、化石燃料ベースのエネルギー調達が高コストとなる可能性があります。企業は、カーボンプライシングの変動が自社のエネルギーコストに与える影響を考慮する必要があります。
政府のインセンティブと補助金
再生可能エネルギーに対する政府の補助金やインセンティブ制度が変更されると、PPAの経済性に影響を与える可能性があります。企業は、これらの制度の変化に迅速に対応できるよう、情報を常にアップデートすることが重要です。
III. 技術革新とその影響
再生可能エネルギー技術は急速に進化しており、新しい技術の登場により、エネルギーコストや供給安定性が改善される可能性があります。企業は、技術革新がPPA契約に与える影響を考慮することが求められます。
エネルギー貯蔵技術
バッテリー技術やエネルギー貯蔵システムの進化により、再生可能エネルギーの不安定な供給を平準化することが可能となります。企業は、PPAにおいてエネルギー貯蔵技術を組み合わせることで、エネルギー供給の安定性を確保し、コスト効率を向上させることができます。
新しい発電技術
ソーラーや風力発電以外にも、新しい発電技術が登場しています。例えば、海洋エネルギーや地熱エネルギーなどの新興技術が普及し始めており、これらの技術を活用することで、企業は多様なエネルギーソースを確保できます。
IV. サステナビリティと企業のレピュテーション管理
PPAを通じて再生可能エネルギーを導入することは、企業のサステナビリティ目標達成に貢献します。しかし、単にエネルギーを調達するだけでなく、それが企業のブランド価値や社会的責任にどのように寄与するかも考慮する必要があります。
透明性と報告義務
企業は、PPAを通じて達成したサステナビリティの成果を透明性をもって報告することが求められます。これにより、顧客や投資家からの信頼を得ることができ、企業のレピュテーションを向上させることが可能です。
ステークホルダーとの連携
サステナビリティにおける目標を共有するパートナー企業や顧客との連携を行うことで、コーポレートPPAの契約における恩恵を最大限に受けることができるでしょう。また、共同でのプロジェクトやコミュニケーションを通じて、企業全体のレピュテーションを高めることが可能です。
まとめ
コーポレートPPAは、企業がサステナビリティ目標を達成し、持続可能なエネルギー供給を確保するための重要な手段です。しかし、その導入には慎重に考慮すべき多くの要素が存在します。
企業がこれらの要因を総合的に考慮し、柔軟的、かつ戦略的なアプローチを採用することで、PPAのリスクを最小限に抑え、長期的な競争力を確保しながら、サステナビリティ目標の達成に貢献することができます。
今後も、企業が変化するエネルギー環境に適応し、持続可能な未来に向けての道を切り開いていくために、コーポレートPPAの役割はますます重要になるでしょう。
皆様の企業にとって最適なコーポレートPPAの締結に、本コンテンツが役立てば幸いです。