GHG排出量の算定における各ステークホルダーと算定作業を解説

CO2算定

地球温暖化対策は現代社会の喫緊の課題となっており、企業による温室効果ガス(GHG)排出量の適切な算定とマネジメントが強く求められています。気候変動問題への対応は、企業の社会的責任を果たし、持続可能な事業活動を実現する上で欠かせない要素となっているのです。GHG排出量を正確に算定するためには、企業活動に関わるさまざまなステークホルダーとの連携が不可欠です。組織内の従業員から、サプライチェーン、顧客、さらには投資家、政府/自治体に至るまで、幅広いステークホルダーが算定プロセスに関係してくるからです。

本記事では、GHG排出量の算定範囲とその重要性を解説した上で、各ステークホルダーと算定作業との関わり方について詳しく見ていきます。ステークホルダーエンゲージメントが、なぜ温室効果ガス排出量の正確な算定に欠かせないのか、その理由と具体的なポイントを提示します。

GHG排出量算定の意義

気候変動対策の重要性

気候変動は、地球温暖化に伴う気候システムの変化を指し、気温上昇、海面上昇、極端な気象現象の増加など、様々な深刻な影響が危惧されています。この問題に対処するため、国際社会では1992年の国連気候変動枠組条約を皮切りに、温室効果ガス排出削減に向けた取り組みが進められてきました。

近年では、気候変動がもたらす悪影響がより顕在化してきており、対策の重要性が一層高まっています。特に化石燃料の燃焼に伴うCO2排出が、温室効果ガス排出の主因とされていることから、エネルギー利用の在り方を見直すことが喫緊の課題となっています。

気候変動問題は、国家を越えた地球規模の課題であり、あらゆる主体が連携して対策に取り組む必要があります。企業活動に伴う温室効果ガス排出を正確に算定し、排出削減につなげていくことが強く求められているのです。

企業の役割 

企業は温室効果ガスの主要な排出主体であり、気候変動対策において重要な役割を担っています。企業活動に伴うエネルギー消費や製品のライフサイクル全体からCO2などが排出されるため、この排出量を正確に算定し、マネジメントしていくことが不可欠です。

また近年、投資家からの要請や、顧客の環境配慮製品への関心の高まりなどから、企業の気候変動対策が経営課題としても位置付けられるようになってきました。温室効果ガス排出量の適切な算定と情報開示、排出削減への取り組みは、企業の社会的責任を果たし、持続可能な事業を実現する上で欠かせません。さらに、政府による規制や炭素価格付け導入など、企業を取り巻く環境も変化しつつあります。こうした潮流に適切に対応し、気候変動リスクを回避・低減するためにも、排出量の正確なモニタリングと管理が重要になります。

そのため、GHG算定を適切に行うことは企業にとって必要不可欠であり、それをスムーズに進めるためにはステークホルダーとの連携がポイントになっていくのです。

GHG排出量の算定範囲

企業のGHG排出量を算定する際には、まずその範囲を明確に定義する必要があります。企業や組織によるGHG排出量の算定と報告の国際的な基準を示す「GHGプロトコル」では、排出量を次の3つのスコープに分類しています。

スコープ1 (直接排出)

スコープ1は、企業が直接的に支配できる排出源から排出されるGHGを指します。具体的には、工場や事業所での燃料の燃焼、自社で所有する車両の運行などに伴う排出が該当します。これらは企業の活動に直接起因する排出なので、算定と削減が比較的容易です。

スコープ2 (エネルギー起源間接排出) 

スコープ2は、企業が購入した電気や熱の使用に伴う間接的な排出を指します。電力会社の発電所などでの燃料燃焼に伴うGHG排出が該当します。電力消費量から排出係数を用いて算出されます。再生可能エネルギーの導入などでスコープ2の排出は削減できます。

スコープ3(その他の間接排出)

スコープ3は、企業の事業活動に関連するが、自社の直接的な支配下にない他社の活動に伴う間接排出を指します。原材料の調達、製品の輸送、従業員の出張、製品の使用や廃棄など、バリューチェーン全体にわたる膨大な排出源が含まれます。算定が最も難しいカテゴリーとされています。

出典:知っておきたいサステナビリティの基礎用語~サプライチェーンの排出量のものさし「スコープ1・2・3」とは(資源エネルギー庁)

このように、企業の排出量はスコープ1からスコープ3まで幅広い範囲に及びます。特にスコープ3は、全排出量の大部分を占めると指摘されており、その算定と削減が重要な課題となっています。各スコープの排出量を正確に捉えることが、GHG排出の全体像を理解し、効率的な対策につなげるために欠かせません。

ステークホルダーとの関係

従業員

  • 日常活動への影響

従業員は、企業のGHG排出量算定において大きな影響を持つステークホルダーです。企業の日常活動に伴うスコープ1とスコープ2の排出は、従業員の活動に直接起因しています。例えば、工場や事務所での電力や燃料の使用、社用車の運転など、あらゆる業務行為が排出の原因となります。このため、従業員一人ひとりの行動が、排出量の増減に直結します。エネルギー使用を削減する行動を実践できれば、排出量は確実に低減できます。

さらに、スコープ3の排出源の一部にも、従業員の出張や通勤による排出が含まれます。従業員の移動手段の選択は、スコープ3の排出量に影響を与えます。このように、従業員の日常の業務活動から生じる排出は、企業のGHG排出量に大きな部分を占めています。だからこそ、従業員一人ひとりの無駄のない行動が不可欠なのです。

  • 意識向上の重要性

従業員による排出削減行動を促すためには、まず気候変動問題への意識を高める必要があります。温室効果ガスの排出実態を正しく理解し、企業や自らの行動が環境に与える影響を自覚することが重要です。このような意識の醸成には、研修の実施や社内コミュニケーションの充実が効果的でしょう。具体的な排出データを開示し、削減目標や取り組みについて従業員と共有することで、一人ひとりの行動変容を後押しできます。

さらに、従業員の創意工夫を活かした削減アイデアの募集なども有効です。現場で日々排出源に触れる従業員こそが、もっとも実効性の高い対策を見つけられる存在です。経営陣と従業員が一体となり、意識と削減活動を促進することが求められます。

企業が正確なGHG排出量の算定を行い、実効性のある対策を立案するには、何よりも従業員の理解と主体的な取り組みが不可欠なのです。ステークホルダーとしての従業員の重要性は非常に高いと言えるでしょう。

サプライチェーン

  • プライヤーデータの重要性

企業のGHG排出量の算定において、スコープ3の一部であるサプライチェーンからの排出は非常に重要な位置を占めています。原材料の調達から製品の製造、さらには輸送に至るまで、多くの工程で排出が発生するためです。 しかし、サプライチェーンからの排出量を適切に算定することは容易ではありません。なぜなら、サプライヤー企業における生産活動や輸送の実態など、企業自身が直接管理できないプロセスに起因する排出だからです。

そのため、サプライヤーから提供されるデータの質と量が、スコープ3の算定精度を大きく左右することになります。原材料のCO2排出原単位や輸送距離、輸送手段別の排出係数など、サプライヤーからの適切な情報入手が不可欠となります。専門的な知識や技術が必要となるため、GHGの算定ツールやGHG削減のサポートをしてくれるコンサルティングなどを活用することも視野に入れておきましょう。

  • 協力関係の構築

サプライチェーンからの排出量を正確に捉えるには、サプライヤーとの緊密な協力関係を構築する必要があります。単に算定のためのデータを提供してもらうだけでなく、排出削減に向けた共同の取り組みを進めることが重要です。

まずはサプライヤーに対して、温室効果ガス排出量の重要性を十分に説明し、算定協力への理解を求めることが大切です。算定手法を共有し、データの標準化を図ることで精度向上を目指せます。さらに、サプライヤーと排出削減目標を共有したり、技術的な支援を行ったりすることで、サプライチェーン全体での排出抑制を実現できます。例えば、輸送経路の改善や、より環境配慮型の原材料への切り替えなどの対策が考えられます。

この協働を進めるには、サプライヤーとの対話を継続的に行い、信頼関係を醸成することが不可欠です。単なる発注企業とサプライヤーの関係ではなく、気候変動対策におけるパートナーとして位置付け、相互の理解を深めていく必要があります。

顧客

  • 製品ライフサイクル排出の把握

企業がGHG排出量の算定を行う上で、顧客は重要なステークホルダーの一つです。製品の使用や廃棄に伴う排出は、スコープ3の大きな部分を占めるためです。製品のライフサイクル全体を通じて発生するGHG排出量を正確に見積もるには、顧客の実際の使用状況を把握することが不可欠です。製品の消費電力や、顧客の利用形態、その後の廃棄方法など、具体的なデータが必要不可欠となります。

例えば、電気製品であれば使用時の電力消費量、輸送機器であれば走行距離や燃費、食品であれば調理や保存時のエネルギー消費量などのデータが重要です。製造時の排出だけでなく、このようなユーザー段階の排出を考慮に入れることで、より実態に即した算定が可能になります。

  • 顧客コミュニケーションの必要性

製品ライフサイクル全体の排出量を算定するには、顧客との密なコミュニケーションが欠かせません。顧客の協力なくしては、使用実態に関するデータを収集することはできません。そのため、まず顧客に対して、GHG排出量の算定における重要性を提示し、理解を求めることが大切です。 排出量算定に必要なデータ提供を顧客に働きかけ、簡便で継続的に収集できる体制を整備することが求められます。製品の使用状況調査やアンケートの実施、センサー等によるモニタリングなど、様々な手段が考えられます。

長期的には、製品の環境負荷を低減し、排出量を削減する取り組みについても、顧客と協働して進めていくことが重要です。例えば、省エネ型製品の開発や、エネルギー効率の良い使い方の提案など、製品のライフサイクル全体を視野に入れた取り組みが期待されます。

消費者庁 倫理的消費(エシカル消費)に関する消費者意識調査報告書の概要 について(令和2年8月)より

このように、企業は製品の環境負荷を顧客目線で捉え直し、算定と削減の両面で顧客との対話を密に行うことが求められているのです。企業は自らのバリューチェーン全体での排出量を捉え、サプライチェーンともGHG排出削減に向けた取り組みを共同で実施することが求められているのです。

投資家/株主

  • 気候変動対策への関心

近年、投資家や株主からのESG投資への関心が高まっており、企業のGHG排出量の適切な算定と情報開示が重要な課題となっています。

投資判断において、気候変動リスクが重視される傾向にあります。化石燃料の高い依存度や、排出量が多い事業モデルは、将来の収益性を阻害するリスク要因と見なされがちです。一方で、環境経営に積極的で排出削減に取り組む企業は、持続可能な事業体として高く評価される可能性があります。また、気候変動対策の遅れは、将来的な炭素税などの規制コストの増加にもつながります。こうしたリスクを適切に管理できるかどうかが、企業の長期的な成長性を左右すると考えられているのです。

このため、気候変動対策における戦略や具体的な取り組み、それに基づく排出量の現状把握と削減目標の設定などが、投資家から強く求められるようになっています。

  • 情報開示の充実

投資家の関心に応えるため、企業はGHG排出量に関する情報開示を一層充実させる必要があります。排出量の全体像と、スコープ別の内訳、そして削減目標と対策の内容を開示することが求められます。排出量算定の前提条件や、算定範囲、使用した排出係数なども明らかにし、透明性を高めることが重要です。国際的な開示フレームワークであるTCFDの提言に沿った気候関連情報の開示が期待されています。

さらに、サプライチェーンや製品ライフサイクルを含めたスコープ3排出量の開示が、今後ますます重要視されるでしょう。スコープ3は多くの企業で最大の排出源であり、適切な把握と対策が投資判断の大きな焦点となるからです。こうした情報開示を通じて、企業の排出量の現状とマネジメントの姿勢が正しく評価されることになります。投資家は、気候変動リスクを正しく認識し、環境経営に優れた企業に選別して投資を行けるようになるのです。

投資家や株主は重要なステークホルダーであり、気候変動対策を企業に強く迫る存在となっています。企業はこの要請に適切に応えることが強く求められています。

政府/自治体

  • 指針・規制への対応

GHG排出量の算定に当たっては、政府や自治体による指針や規制に従う必要があります。企業は、これらの公的な枠組みに適切に対応しなければなりません。主要な枠組みの一つが、GHGプロトコルです。世界で広く用いられるこの算定基準に則って、排出活動の範囲や算定手順、排出係数などを適用する必要があります。国際的な整合性を確保する上でも、標準的な指針に準拠することが求められます。

また、一部の国や自治体では、企業に対して排出量の算定と報告を法的に義務付ける規制が導入されつつあります。算定範囲や報告内容、算定方法の要件など、これらの規制を確実に順守しなければなりません。加えて、省エネ法などのエネルギー使用規制にも留意が必要です。これらは直接的にGHG排出と関係するため、算定プロセスに組み込む必要があります。法令違反には厳しい罰則が設けられていることもあり、的確な対応が欠かせません。

  • 動向の注視

気候変動をめぐる政府の対策は、今後さらに強化される見込みです。パリ協定の削減目標の実現に向け、さまざまな規制の導入が想定されているためです。例えば、一部の国では炭素価格付けの導入を検討しており、排出量に応じた課税を企業に求める動きがあります。また、製品のカーボンフットプリントの算定と表示を義務化する規制の議論もあります。

このように、企業を取り巻く環境は大きく変化する可能性があり、GHG排出量の管理はますます重要になってくるでしょう。そのため企業は、政府の気候変動対策の動向を常に注視し、新たな規制への対応を自主的に行う必要があります。社会のニーズに遅れをとらないよう、算定精度の向上や情報開示の充実を図っておくことが賢明です。

政府や自治体は、気候変動対策において企業に対して課題を設定し、一定のルールを課す立場にあります。企業はこれらの公的な枠組みを尊重し、要求される水準を着実にクリアしていく姿勢が求められるのです。

まとめ ステークホルダーエンゲージメントの重要性

企業がGHG排出量の適切な算定とマネジメントを行う上で、ステークホルダーエンゲージメント(関与)の重要性は非常に高いと言えます。

これまで見てきたように、企業の排出活動には多様なステークホルダーが関係しており、それぞれがデータ提供や協力、理解促進などの役割を担っています。従業員、サプライヤー、顧客、投資家、政府/自治体など、さまざまな主体との円滑な協働なくしては、正確な算定は困難です。企業は経営資源を注ぎ、ステークホルダーとの建設的な関係性を構築し、協働してGHG排出量の算定と削減に取り組む必要があります。ステークホルダーエンゲージメントの重要性を認識し、長期的な視野に立った戦略を立てることが、持続可能な事業の実現につながるのです。

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