ESG経営の要になる?PCAFを活用した金融機関の気候変動対応戦略

基礎知識

金融機関の投融資活動が気候変動に与える影響を測定・開示するPCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)が、世界的に注目を集めています。

本記事では、PCAFの概要、主要な投資・貸付の種類、金融機関がPCAFを採用すべき理由、そして具体的な計算手順について解説します。
気候変動対策の強化や透明性の高い情報開示が求められる中、PCAFは金融機関にとって不可欠なツールとなっています。

PCAFとは金融機関の投資や貸付が環境に与えた影響を測定・公表するもの

PCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)は、金融機関の投資や融資活動が気候変動に与える影響を測定し、開示するための国際的な取り組みです。2015年にオランダの金融機関によって始められたこのイニシアチブは、現在、世界中の銀行、保険会社、資産運用会社など380以上の金融機関が参加する大規模なパートナーシップへと成長しています。

PCAFの主な目的は、金融機関の投融資ポートフォリオにおける温室効果ガス(GHG)排出量を、統一された方法で計算し、透明性のある形で報告することです。これは「Financed Emissions(投融資先排出量)」と呼ばれ、金融機関自身の直接的な排出量ではなく、その投融資活動を通じて間接的に関与している排出量を指します。

PCAFが誕生した背景には、気候変動リスクに対する認識の高まりと、金融セクターの役割の重要性があります。パリ協定の採択以降、世界的に脱炭素化への動きが加速する中、金融機関は自らの投融資活動が気候変動に与える影響を理解し、管理する必要性に直面しました。しかし、これまで金融機関の間で統一された排出量の計算方法がなく、比較可能性や透明性に課題がありました。

PCAFは、この課題に対応するため、GHGプロトコルに準拠した形で、金融商品ごとに詳細な計算方法を定めたグローバルスタンダードを開発しました。このスタンダードにより、金融機関は自らの投融資ポートフォリオのカーボンフットプリントを正確に把握し、気候変動リスクの管理や脱炭素化戦略の立案に活用できるようになりました。

さらに、PCAFの取り組みは、TCFDやSBTiなどの他の気候関連イニシアチブとも整合性が取れており、金融機関の総合的な気候変動対策を支援する重要なツールとなっています。透明性の高い情報開示を通じて、投資家や規制当局、そして社会全体に対する説明責任を果たすことにも貢献しています。このように、PCAFは金融セクターが気候変動問題に取り組む上で不可欠な枠組みとなっており、持続可能な金融システムの構築に向けた重要な一歩を示しています。

PCAFで計算する投資・貸付の種類4つ


PCAFスタンダードでは、金融機関の主要な投融資活動に対応する形で、複数の資産クラスについて詳細な計算方法を定めています。ここでは、その中でも特に重要な4つの投資・貸付の種類について説明します。

上場株式(社債)

上場株式や社債への投資は、多くの金融機関にとって重要なポートフォリオの一部です。PCAFでは、これらの投資に関連するGHG排出量を計算する方法を提供しています。

具体的には、投資先企業の総排出量(Scope 1, 2, そして可能な場合はScope 3)に対して、金融機関の所有割合または資金提供割合を乗じることで、その金融機関に帰属する排出量を算出します。例えば、ある企業の株式の1%を保有している場合、その企業の総排出量の1%が当該金融機関の投資に帰属する排出量となります。

この方法により、金融機関は自らの投資ポートフォリオが気候変動に与える影響を定量的に把握し、必要に応じて投資戦略の見直しや、投資先企業とのエンゲージメントに活用することができます。

プロジェクトファイナンス

プロジェクトファイナンスは、大規模なインフラ開発や発電所建設などの特定プロジェクトに対する融資形態です。これらのプロジェクトは長期にわたって大量のGHGを排出する可能性があるため、PCAFでは特別な注意を払っています。

計算方法としては、プロジェクト全体の排出量に対して、金融機関の資金提供割合を乗じます。ここで重要なのは、プロジェクトのライフサイクル全体を通じた排出量を考慮することです。例えば、発電所の場合、建設段階だけでなく、運用期間中の排出量も含めて計算します。

また、再生可能エネルギープロジェクトのような、GHG排出削減に貢献するプロジェクトについては、その削減効果も併せて報告することが推奨されています。これにより、金融機関は自らの融資活動が気候変動の緩和にどの程度貢献しているかを示すことができます。

不動産への投資(商業用)

商業用不動産への投資は、オフィスビル、ショッピングモール、倉庫など、様々な形態があります。これらの不動産は、その運用を通じて相当量のGHGを排出する可能性があるため、PCAFでは独立した資産クラスとして扱っています。

計算方法としては、各不動産の年間エネルギー消費量に基づいて排出量を算出し、金融機関の投資割合を乗じます。具体的には、電気やガスなどのエネルギー消費データを収集し、適切な排出係数を用いてGHG排出量に換算します。データが入手できない場合は、建物の種類や床面積などに基づく推計値を用いることも認められています。

この方法により、金融機関は自らの不動産投資ポートフォリオの環境性能を評価し、エネルギー効率の改善や再生可能エネルギーの導入などの対策を検討することができます。

不動産への貸付(住宅ローン)

住宅ローンは、多くの銀行にとって主要なビジネスラインの一つです。PCAFでは、住宅ローンに関連するGHG排出量も計算対象としています。これは、住宅のエネルギー消費が家計部門の排出量の大きな部分を占めているためです。

計算方法は商業用不動産と類似していますが、個々の住宅のエネルギー消費データを得ることは難しいため、多くの場合、地域や住宅タイプごとの平均的なエネルギー消費量を用いて推計します。また、住宅の価値に対する融資額の割合(LTV比率)を用いて、銀行に帰属する排出量を算出します。

この情報を活用することで、金融機関は住宅の省エネ改修を促進するローン商品の開発や、エネルギー効率の高い住宅への融資を優遇するなど、住宅セクターの脱炭素化に貢献する取り組みを進めることができます。

これら4つの投資・貸付の種類に対するPCAFの計算方法は、金融機関が自らの事業活動を通じて気候変動にどのような影響を与えているかを包括的に把握し、適切な対策を講じるための基盤となっています。さらに、この情報を公開することで、投資家や顧客、規制当局など、様々なステークホルダーに対する透明性と説明責任を果たすことにもつながります。

金融機関がPCAFの計算を行うべき理由4つ


金融機関がPCAFを用いてGHG排出量を計算することは、持続可能な金融の実現に向けた重要なステップです。以下では、金融機関がPCAFの計算を行うべき4つの主要な理由について説明します。

理由①気候変動への対策を強化するため

PCAFの計算により、金融機関は投融資活動が気候変動に与える影響を定量的に把握できます。これにより、具体的な排出削減目標の設定や、その達成に向けた戦略の立案・実行が可能になります。例えば、低炭素産業への投融資増加や、既存の投融資先への排出削減エンゲージメントなどの取り組みを効果的に進めることができます。

理由②気候変動によるリスクについても評価するため

PCAFの結果は、気候関連リスク、特に移行リスクの評価に有用です。例えば、特定のセクターや企業にGHG排出量が集中していることが判明した場合、将来の規制強化などによる潜在的なリスクを示唆します。この情報を基に、金融機関はリスク軽減策を講じることができます。また、物理的リスクの評価にも間接的に活用できます。

理由③環境に配慮した投資を促進するため

PCAFの計算結果は、グリーンファイナンスを促進する上での重要な指針となります。低炭素型の事業や技術への投融資機会の特定、環境配慮型の新たな金融商品の開発、投融資先企業との効果的なエンゲージメントなどに活用できます。これにより、金融機関は気候変動問題に対する社会的責任を果たしつつ、新たなビジネス機会も捉えることができます。

理由④透明性や信頼性の高い情報を提供するため

PCAFは世界的に認知されたグローバルスタンダードであり、これを用いることで透明性と信頼性の高い情報提供が可能になります。TCFDやSBTiなど他の主要な気候関連イニシアチブとの整合性も高く、これらのフレームワークに沿った報告も容易になります。また、金融機関間での比較可能性が高まり、投資家や規制当局などのステークホルダーによる評価を促進します。これは金融機関の説明責任を果たし、レピュテーション向上にもつながります。

PCAFの計算手順3STEP

PCAFを用いた投融資ポートフォリオのGHG排出量計算は、金融機関にとって重要ではありますが、複雑な作業でもあります。ここでは、その計算手順を3つのステップに分けて説明します。

STEP1:データを集める

最初のステップは、必要なデータを収集することです。このプロセスは、計算の正確性と信頼性を確保する上で極めて重要です。

主な情報源としては、投融資先企業のサステナビリティレポート、統合報告書、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)への回答、そしてプロジェクトファイナンスの場合はプロジェクトの環境影響評価報告書などが挙げられます。これらの公開情報から、GHG排出量データや、それを計算するために必要な活動データ(例:エネルギー消費量、生産量など)を収集します。

データの質は結果の信頼性に直結するため、PCAFでは収集したデータの品質を5段階で評価することを推奨しています。最も高品質なのは第三者検証を受けた排出量データで、最も低品質なのは業界平均値などを用いた推計値です。可能な限り高品質のデータを使用することが望ましいですが、データが入手できない場合は、より低品質のデータや推計値を用いることも認められています。

STEP2:排出量を割り当てる

次のステップは、収集したデータを基に、金融機関の投融資活動に帰属するGHG排出量を計算することです。この計算方法は資産クラスごとに異なります。

例えば、上場株式や社債の場合、投資先企業の総排出量に対して、金融機関の所有割合(企業価値に対する投資額の比率)を乗じます。プロジェクトファイナンスの場合は、プロジェクト全体の排出量に対して、総投資額に占める当該金融機関の融資割合を乗じます。商業用不動産や住宅ローンの場合は、建物全体の排出量(多くの場合、エネルギー消費量から推計)に対して、物件の総価値に占める融資額の割合を乗じます。

これらの計算を、ポートフォリオ内の全ての投融資先に対して行い、その結果を合計することで、ポートフォリオ全体のGHG排出量が算出されます。

STEP3:結果を文書にまとめて公表する

最後のステップは、計算結果を取りまとめ、報告書として公表することです。この報告書には、計算結果だけでなく、使用したデータの出所、データ品質、採用した計算方法、そして結果の解釈なども含める必要があります。

具体的には、ポートフォリオ全体のGHG排出量、資産クラスごとの排出量、主要セクターの排出量などを記載します。また、前年度からの変化とその要因分析、今後の排出削減目標とその達成に向けた戦略なども含めることが望ましいです。

さらに、PCAFでは、計算結果の信頼性を高めるために、第三者機関による検証を受けることを推奨しています。検証を受けた場合は、その結果も報告書に含めます。この報告書は、年次報告書やサステナビリティレポートの一部として公表されることが多く、投資家、規制当局、NGOなど様々なステークホルダーに向けて開示されます。

以上の3ステップを通じて、金融機関は自らの投融資活動が気候変動に与える影響を定量的に把握し、その結果を透明性高く社会に公表することができます。これは、金融機関の気候変動対策の基礎となるとともに、持続可能な金融システムの構築に向けた重要な取り組みとなります。

投資や融資の種類別!PCAFの計算式

PCAFは投資や融資の種類に応じて、異なる計算式を定めています。以下、主要な種類別の計算式と説明を記します。

上場株式(社債)

投資額に基づくGHG排出量 = (投資額 / 企業価値) × 企業の総GHG排出量

この式では、投資家が保有する株式や社債の価値が、企業全体の価値(EVIC: Enterprise Value Including Cash)に占める割合を算出し、それに企業の総GHG排出量を掛けることで、投資家に帰属する排出量を計算します。EVICには現金や現金同等物も含まれます。この方法により、企業の資本構成の違いによる影響を最小限に抑えることができます。

プロジェクトファイナンス

投資額に基づくGHG排出量 = (投資額 / プロジェクトの総コスト) × プロジェクトの総GHG排出量

プロジェクトファイナンスの場合、投資家の投資額がプロジェクトの総コストに占める割合を算出し、それにプロジェクトの総GHG排出量を掛けます。これにより、投資家がプロジェクトのGHG排出にどの程度寄与しているかを明確にできます。プロジェクトの総コストには、負債と株主資本の両方が含まれます。

不動産への投資(商業用)

投資額に基づくGHG排出量 = (投資額 / 不動産の評価額) × 不動産の総GHG排出量

商業用不動産への投資の場合、投資額が不動産の評価額に占める割合を算出し、それに不動産の総GHG排出量を掛けます。不動産の総GHG排出量には、エネルギー使用や冷媒からの排出などが含まれます。この方法により、投資家が不動産のGHG排出にどの程度寄与しているかを計算できます。

不動産への貸付(住宅ローン)

ローン残高に基づくGHG排出量 = (ローン残高 / 住宅の評価額) × 住宅の総GHG排出量

住宅ローンの場合、ローン残高が住宅の評価額に占める割合を算出し、それに住宅の総GHG排出量を掛けます。住宅の総GHG排出量には、暖房、冷房、給湯、照明などのエネルギー使用による排出が含まれます。この方法により、金融機関が住宅のGHG排出にどの程度寄与しているかを計算できます。

これらの計算式を用いることで、金融機関は自身の投融資活動が間接的に引き起こしているGHG排出量を定量化し、気候変動リスクの管理やポートフォリオの脱炭素化戦略の立案に活用することができます。

まとめ

PCAFは、金融機関の投融資ポートフォリオにおけるGHG排出量を統一された方法で計算・報告するための国際的な取り組みです。上場株式、プロジェクトファイナンス、商業用不動産、住宅ローンなど、様々な資産クラスに対応した計算方法を提供しています。

金融機関がPCAFを採用する理由には、気候変動対策の強化、リスク評価、環境配慮型投資の促進、透明性の向上などがあります。

具体的な計算手順は、データ収集、排出量の割り当て、結果の公表の3ステップで構成されています。PCAFの活用により、金融機関は自らの事業活動が気候変動に与える影響を定量的に把握し、適切な対策を講じることが可能となります。これは、持続可能な金融システムの構築に向けた重要な一歩であり、今後ますます多くの金融機関がPCAFを採用することが期待されます。

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