蓄電池産業の最新動向とGX投資の未来:脱炭素社会への鍵を握る技術とは

CO2削減

2023年12月、「脱炭素」、「経済成長」、「エネルギー安定供給」の3つを目指すグリーントランスフォーメーション(以降、GXと記載します)の実現に向けて、企業の予見可能性を高め、GX投資を強力に引き出すため、GX実行会議の下で重点分野における今後10年間の「分野別投資戦略」が取りまとめられました。

これは、GXの実現に向けた投資促進策を具体化するものとなっており、重点16分野とされている鉄鋼、化学、紙パルプ、セメント、自動車、蓄電池、航空機、SAF、船舶、くらし、資源循環、半導体、水素等、次世代再エネ(ペロブスカイト太陽電池、浮体式等洋上風力)、原子力、CCSについて、GXの方向性と投資促進策等を取りまとめたものとなっています。

そこで本コンテンツでは、この16分野の中でも7兆円程度の官民投資額(※1)が見込まれている「蓄電池産業」について、市場の全体像や今後の動向、民間企業の取り組み等を紹介していきます。蓄電池の分野においては今後、①GX経済移行債を活用した更なる投資や、②上流資源を有するカナダや豪州・米国等とのサプライチェーン構築・強化、③人材育成拠点の創設(関西における産官学連携)などの施策の実現・実行が予定されています。

内閣官房 我が国のグリーン・トランスフォーメーション 実現に向けて(令和5年12月15日)
© https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/dai10/siryou1.pdf

(※1)官民投資総額は、今後10年間で150兆円超が見込まれている。

蓄電池産業の概要について

まずは、蓄電池の市場構造について理解を深めていきます。

蓄電池市場は、大きく分けて車載用市場、定置用市場の二つに分類されます。具体的なイメージとしては、車載用の蓄電池はEV等に搭載され、定置用の蓄電池は家庭用、業務・産業用、系統用等様々な場面での利用が見込まれています。

経済産業省:参考資料(蓄電池)
© https://www.meti.go.jp/press/2023/12/20231222005/20231222005-06.pdf

これらはともに、今後の市場の拡大が予想されており、規模感で言えば、定置用市場は車載用市場の4分の1程度となっています。当面は、EV市場の拡大に伴い、車載用蓄電池市場が急拡大することが想定されるため、国内における設備投資も車載用蓄電池が先行すると考えられています。

経済産業省:参考資料(蓄電池)
© https://www.meti.go.jp/press/2023/12/20231222005/20231222005-06.pdf

蓄電池の成長市場に大きく関わる業界は、主に3つ挙げられます。それは、自動車業界(車載用蓄電池)、電力業界(系統用蓄電池)、住宅・不動産業界(需要家用蓄電池)です。中でも大きな動きが予測されるのは、上でも述べたように車載用蓄電池の拡充に伴い影響を受けることが予測される自動車業界と言われています。業界全体として各国のカーボ ンニュートラルの達成目標に連動し、自動車の電動化の目標も高まってきている風潮があります。そのため、2040年までに各国の自動車は50-100%電動化していく見通しとなっています。

経済産業省 資源エネルギー庁:自動車の“脱炭素化”のいま(前編)~日本の戦略は?電動車はどのくらい売れている?
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/xev_2022now.html

また、車載用蓄電池は災害時においても給電機能を持つため注目を集めており、既に複数の自治体では自動車関連企業と災害連携協定を結ぶ動きが見られており、経済産業省と国土交通省は共同で「災害時における電動車の活用促進マニュアル」を作成して公開しています。

このように市場の成長が期待されている自動車業界の次世代の姿については、CASEという形でも表されています。CASEとは、カーボンニュートラルの実現のために世界中で期待される自動車関連の4つの変革を繋ぎ合わせた言葉となっており、2016年にパリで行われたモーターショーでドイツにある自動車メーカーのダイムラー社により発表されました。

・Connected(コネクテッド):インターネットと接続された自動車のデータ活用
・Automated/Autonomous(自動運転):自動運転技術
・Smart / Shared & Services(スマート / シェアリング&サービス):カーシェアリング
・Electrification(電動化):電気自動車の普及

以上からもわかるように、蓄電池産業は車載用蓄電池を中心に成長が見込まれており、脱炭素社会の実現に向けても重要な役割を担ってくることが予測されます。そのため、国内でも蓄電池の2030年目標である150GWhの国内製造基盤の実現に向けて、有効なGX投資の方法についての検討が繰り返し行われ、民間企業と連携した具体的な計画案の実行が進められている状況です。

内閣官房 我が国のグリーン・トランスフォーメーション 実現に向けて(令和5年6月27日)
© https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/dai6/siryou1.pdf

今後の業界動向、国(政府)の支援について

日本メーカーは技術優位で初期市場を確保していましたが、市場の拡大に伴い中国・韓国メーカーがシェアを伸ばしてきたため、現在日本メーカーはシェアを低下させているのが現状です。富士経済のデータによると、2020年時点において日本が占める車載用リチウムイオン電池の割合は全体の21.1%(中国:37.4%、韓国:36.1%)、定置用リチウムイオン電池は5.4%(中国:23.9%、韓国:35.0%)となっています。また、いずれも国内シェアの上位はパナソニック株式会社が占めており、それぞれ全体の20.4%、2.9%という状況です。

このような背景のもと、蓄電池の製造基盤を支援することを目的とし、政府は令和3年度の補正予算において1,000億円を計上して、車載用・定置用蓄電池の製造基盤の拡充を国内でも進めています。また、経済安全保障推進法に基づき、蓄電池を特定重要物資とした(※3)上で令和4年度の補正予算ではGX予算を活用して3,316億円を計上しました。計2回の認定供給確保計画では、蓄電池は3件、蓄電池部素材は12件の設備投資・技術開発が予定されています。

これらの取り組みを通して、令和4年度の補正予算の段階では蓄電池の生産基盤は85GWh程度を試算し、2030年までには150GWh/年の製造基盤構築を確保すべく、民間投資を後押ししていくことが目指されています。

▷第1弾:認定供給確保計画:対象8社
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①本田技研工業株式会社、株式会社GSユアサ、株式会社ブルーエナジー
[品目]車載用及び定置用リチウムイオン電池
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]2027年4月
(本格量産は2027年10月開始、以後2030年4月にかけて順次供給開始)
[生産能力(※2)]20GWh/年
[事業総額]約4,341億円
[最大助成額]約1,587億円

②パナソニックエナジー株式会社
[品目]車載用円筒形リチウムイオン電池
[取組の種類]生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]ー
[生産能力]ー
[事業総額]約92億円
[最大助成額]約46億円

③日亜化学工業株式会社
[品目]正極活物質
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]2025年1月
[生産能力]35GWh/年分
[事業総額]約124億円
[最大助成額]約42億円

④宇部マクセル株式会社
[品目]セパレータ
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]2026年9月
[生産能力]3GWh/年分
[事業総額]約33億円
[最大助成額]約11億円

⑤旭化成株式会社
[品目]セパレータ
[取組の種類]生産基盤の整備
[供給開始]2025年8月
[生産能力]15GWh/年分
[事業総額]約170億円
[最大助成額]約57億円

⑥株式会社クレハ
[品目]バインダー
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]2025年12月
[生産能力]185GWh/年分
[事業総額]約199億円
[最大助成額]約68億円

⑦メキシケムジャパン株式会社
[品目]バインダー材料(R152a)
[取組の種類]生産基盤の整備
[供給開始]2027年3月
[生産能力]310GWh/年分
[事業総額]約51億円
[最大助成額]約17億円

⑧株式会社レゾナック
[品目]導電助剤
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]2026年7月
[生産能力]10GWh/年分
[事業総額]約51億円
[最大助成額]約18億円

▷第2弾:認定供給確保計画:対象7社

①トヨタ自動車株式会社、プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社、プライムアースEVエナジー株式会社、株式会社豊田自動織機
[品目]BEV用・新構造・次世代車載用リチウムイオン電池
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]2027年5月以降
[生産能力]計25GWh/年
[事業総額]約3,300億円
[最大助成額]約1,178億円

②東海カーボン株式会社
[品目]負極活物質
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]2026年4月
[生産能力]5GWh/年分
[事業総額]約37億円
[最大助成額]約13億円

③関東電化工業株式会社
[品目]電解液添加剤
[取組の種類]生産基盤の整備
[供給開始]2025年10月
[生産能力]65GWh/年分
[事業総額]約46億円
[最大助成額]約15億円

④宇部マクセル京都株式会社
[品目]塗布型セパレータ
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]2026年6月
[生産能力]5GWh/年分
[事業総額]約27億円
[最大助成額]約9億円

⑤日伸工業株式会社
[品目]①正負極集電体②防爆弁付封口板
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]①2025年10月②2027年3月
[生産能力] ①正極24GWh/年分、負極40GWh/年分②10GWh/年分
[事業総額]約25億円
[最大助成額]約10億円

⑥デンカ株式会社
[品目]導電助剤(アセチレンブラック)
[取組の種類]生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]ー
[生産能力]ー
[事業総額]約67億円
[最大助成額]約33億円

⑦愛三工業株式会社
[品目]①セルケース②セルカバー
[取組の種類]生産基盤の整備 / 生産技術の導入・開発・改良
[供給開始]①2026年1月②2026年1月
[生産能力]①15.2GWh/年分②16.5GWh/年分
[事業総額]約53億円
[最大助成額]約18億円

経済産業省:参考資料(蓄電池)p.9-10を元に作成

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(※2)材料は蓄電池相当分とする。
(※3)特定重要物資は、グローバル化の進展や科学技術等の発展の中で、国民の生存に必要不可欠であるにも関わらず、それに関する重要な物資を外部からの供給に過度に依存しているものに対して検討されます。また、今後需要が大きく高まると見込まれる物資についても、外部からの供給を余儀なくされるものであれば特定重要物資に選定される場合があります。特定重要物資に選ばれた場合は、助成金による支援を含めて外部への依存を低減し、安定供給確保を目指す取り組みが行われます。

民間企業の取り組み事例について

ここからは、民間企業による具体的なGX投資の事例について紹介していきます。ここでは、大手自動車メーカーの2社を取り上げます。

<トヨタ自動車株式会社>
関係会社での投資を含め、全固体型の電池を含む約3,300億円の大規模な蓄電池生産のための投資に着手しています。また、最大40GWhの生産能力増強はかるために、日米をあわせると最大7,300億円(約56億ドル)を投資し、2024-2026年の車載用電池生産開始を目指すことを発表しています。
※第2章で紹介した「第2弾:認定供給確保計画」①も併せてご確認下さい。

参照:TOYOTA(トヨタ、日米での車載用電池生産に最大7,300億円を投資)
参照:内閣官房(我が国のグリーン・トランスフォーメーション 実現に向けて(令和5年6月27日))

<本田技研工業株式会社>
EVの生産拡大に向けて、株式会社 GSユアサ、株式会社ブルーエナジーと共に約4,340億円の国内での蓄電池製造投資を決定しています。2023年に共同出資で設立予定の新会社が主体となって、国内ではまず年20ギガワット時以上の生産能力を目指し工場を新設し、電池や部材の開発や設備投資を進める流れとなっています。またこの取り組みには、経済産業省による1,500億円程度の支援が予定されています。
※第2章で紹介した「第1弾:認定供給確保計画」①も併せてご確認下さい。

参照:HONDA(HondaとGSユアサ、
新会社「株式会社Honda・GS Yuasa EV Battery R&D」設立に関する合弁契約を締結 )
参照:日本経済新聞(ホンダ、国内に電池工場 GSユアサとEV向け4000億円規模)
参照:内閣官房(我が国のグリーン・トランスフォーメーション 実現に向けて(令和5年6月27日))

その他にも、現在進行中の投資案件として、関東・東北地方で15件、関西・中部地方で22件、中国・四国地方で7件、九州で3件が、令和5年6月の内閣官房から出されている資料では公表されてます。

まとめ

本コンテンツでは、蓄電池産業とGX投資の最新の動向について、市場の全体像や国(政府)の支援の実態、民間企業の具体的なGX投資の取り組みを踏まえながら紹介してきました。

蓄電池の脱炭素化に向けては、今回紹介した各種技術・研究開発以外にも、カーボンフットプリントを算出し、GHG排出量を定量化してその削減に取り組むことも検討されています。また、それらの実現に向けて、算定方法の策定・アップデートや、第三者検証の仕組みの導入、データ連携基盤の構築を進めるとともに、事業者側の取り組みを促進していくことも求められています。

経済産業省:参考資料(蓄電池)
© https://www.meti.go.jp/press/2023/12/20231222005/20231222005-06.pdf

本コンテンツ、並びにCO2排出量の算定に関しご質問がございましたら、弊社までお問い合わせ下さい。

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