火力発電の現状と未来カーボンニュートラル時代における課題と革新技術
世界的に再生可能エネルギーへの移行が進む中、火力発電は依然として世界の主要な電源のひとつです。しかし、気候変動問題への対応が求められる今、火力発電に依存する国や企業は新たな課題に直面しています。本記事では、火力発電の現状や課題、技術革新による改善の可能性、そして未来のエネルギー供給における役割について解説します。
目次
火力発電とは?その仕組みと種類
火力発電の基本原理
火力発電は、燃料を燃焼させて熱エネルギーを作り、その熱で水を蒸気に変え、蒸気タービンを回転させることで電力を生み出す発電方式です。このプロセスは非常に効率的であり、特に大量の電力を安定して供給する必要がある国々では主要な電源として利用されています。
火力発電の種類
火力発電は主に以下の3つの種類に分けられます。
1. 石炭火力発電
石炭を燃料とし、最も古典的な火力発電方法です。近年、CO2排出が大きな問題となっており、批判を浴びていますが、依然として安定した電力供給源となっています。
2. 天然ガス火力発電(LNG火力発電)
天然ガスを燃料とする火力発電方式で、石炭に比べてCO2の排出量が少なく、クリーンなエネルギーとして注目されています。また、ガスタービン技術の進化により高効率化が進んでいます。
3. 石油火力発電
石油を燃料とする火力発電です。かつては主流でしたが、燃料コストの高騰や環境負荷の問題から、現在では補助的な役割を担うことが多くなっています。
世界と日本における火力発電の現状
世界の火力発電事情
国際エネルギー機関(IEA)によると、2022年の時点で、世界の電力供給の約60%が火力発電によって賄われています。特に発展途上国やエネルギー消費の多い国では、石炭や天然ガスを主力とする火力発電に依存しています。特に、中国やインドでは経済成長に伴うエネルギー需要の増加により、火力発電の拡大が続いています。
日本における火力発電の役割
日本はエネルギー資源が乏しいため、火力発電に大きく依存しています。2023年時点で日本の総発電量の約70%が火力発電に依存しています。東日本大震災後の原子力発電所の停止により、火力発電の役割が再び増大しました。特に、LNG火力発電の導入が進んでおり、石炭火力からの移行が徐々に進んでいます。
火力発電のメリットとデメリット
メリット
Ⅰ. 安定した電力供給
火力発電は、天候に左右されず、24時間365日安定して電力を供給できる点が大きなメリットです。特に、再生可能エネルギーが不安定な出力特性を持つことから、火力発電は重要な補完的役割を果たします。
Ⅱ. コストの安定
天然ガスや石炭は比較的コストが安定しているため、大量の電力を低コストで供給できます。特に発展途上国においては、経済成長を支えるために火力発電が重要視されています。
デメリット
Ⅰ. CO2排出
火力発電の最大のデメリットは、温室効果ガスであるCO2の大量排出です。特に石炭火力は最も多くのCO2を排出するため、気候変動への悪影響が懸念されています。
Ⅱ. 燃料価格の変動リスク
世界的な燃料価格の変動により、火力発電のコストが変動するリスクもあります。特に石油火力は価格の変動に敏感です。
脱炭素化時代における火力発電の課題
脱炭素化における火力発電の位置付け
世界がカーボンニュートラルを目指す中で、火力発電の在り方が問われています。CO2排出量の多い石炭火力は、各国で規制強化の対象となっており、石炭火力からの脱却が急務となっています。一方で、火力発電を完全に廃止することは、エネルギー供給の安定性や経済への影響から現実的ではありません。
石炭火力からLNG火力、さらに再生可能エネルギーへ
多くの国が、石炭火力発電から天然ガスを用いたLNG火力発電へのシフトを進めています。LNGは石炭に比べてCO2排出量が約40%少ないため、環境負荷を軽減する移行手段として注目されています。また、LNG火力は再生可能エネルギーとの併用が進んでおり、エネルギーミックスの一環として機能しています。
火力発電の技術革新 CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)
CCUS技術とは?
CCUSは、火力発電所で発生するCO2を回収し、再利用(Utilization)または貯留(Storage)する技術です。これにより、CO2の排出を実質的にゼロにすることが可能になります。この技術は、特に石炭火力や天然ガス火力において脱炭素化を推進する重要な手段とされています。
CCUSの技術概要
知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~CO2を集めて埋めて役立てる「CCUS」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html
CO2の回収(Capture)
CO2の回収は、CCUSプロセスの最初のステップであり、大気中や排出源からCO2を分離・捕獲する技術です。以下が主な回収方法です。
- 燃焼後回収
- 最も一般的な方法
- 排ガスからCO2を分離
- 「アミン吸収法」や「膜分離法」などが使用される
- 燃焼前回収
- 燃料を燃焼する前にCO2を分離
- 主に石炭ガス化複合発電(IGCC)などで使用
- 酸素燃焼
- 純酸素を用いて燃焼させ、高濃度のCO2を含む排ガスを生成
- 後処理が比較的容易
- 直接空気回収(DAC)
- 大気中から直接CO2を回収
- 技術的にチャレンジングだが、場所を選ばない利点がある
CO2の利用(Utilization)
回収されたCO2は、様々な方法で利用されます
- 化学原料としての利用
- メタノール、ポリマー、炭酸塩などの製造に使用
- 循環型経済の促進に寄与
- 燃料製造
- 再生可能エネルギーを用いてCO2から合成燃料を製造
- 例 Power-to-Gas技術によるメタン生成
- 石油増進回収(EOR)
- 油田にCO2を注入して原油の回収率を向上
- CO2の地中貯留と組み合わせて実施
- 農業・食品産業での利用
- 温室での植物成長促進
- 食品の保存や包装ガスとしての利用
- 建設材料への利用
- CO2を固定化したコンクリートの製造
- 炭酸塩化による建設資材の製造
CO2の貯留(Storage)
CO2の長期的な隔離を目的とした貯留技術は複数存在しています。
- 地中貯留
- 最も一般的な貯留方法
- 主な貯留先
- 枯渇油ガス田
- 深部塩水帯水層
- 未採掘炭層
- 注入深度通常800m以上
- 海洋貯留
- 深海へのCO2の直接注入
- 環境への影響懸念から現在は積極的に推進されていない
- 鉱物化貯留
- CO2を鉱物と反応させて安定した炭酸塩を形成
- 自然の風化プロセスを加速
- バイオ貯留
- 植林や土壌改良によるCO2の固定
- 自然の炭素循環を活用
各貯留方法には、地質条件、環境影響、コスト、技術的成熟度などの観点から、それぞれ長所と短所があります。適切な貯留サイトの選定と長期的なモニタリングが、安全で効果的なCO2貯留の鍵となります。
CCUSの主な適用分野
発電所での適用
発電所は、大量のCO2を排出する主要な施設であり、CCUSの重要な適用分野です。
- 石炭火力発電所
- 最も一般的なCCUS適用先
- 燃焼後回収技術が主に使用される
- 例 カナダのBoundary Dam発電所(世界初の大規模CCUS適用発電所)
- 天然ガス火力発電所
- 石炭よりCO2排出量は少ないが、依然として重要な適用先
- 高効率のコンバインドサイクル発電との組み合わせが一般的
- バイオマス発電所
- CCUSとの組み合わせでネガティブエミッション(BECCS)を実現
- 例 イギリスのDrax発電所(世界最大規模のBECCS実証プロジェクト)
- 統合的なシステム設計
- 新設発電所では、CCUSを最初から組み込んだ設計が増加
- 既存の発電所では、レトロフィットによるCCUS導入が課題
工業プロセスでの適用
多くの工業プロセスは、生産過程で大量のCO2を排出するため、CCUSの重要な適用分野となっています。
- セメント製造
- 原料の化学反応と燃料燃焼の両方からCO2が発生
- 例 ノルウェーのBrevik CementのCCS実証プロジェクト
- 鉄鋼製造
- 高炉からの排ガスにCCUSを適用
- 例 スウェーデンのHYBRIT(水素還元製鉄とCCUSの組み合わせ)
- 化学産業
- アンモニア、エチレン等の製造プロセスにCCUSを適用
- 回収したCO2を原料として再利用する循環型プロセスの開発も進行中
- 石油精製
- 水素製造プロセスなどからのCO2回収
- 回収したCO2をEORに利用するケースも
- 天然ガス処理
- 随伴CO2の分離・回収
- 例 ノルウェーのSleipner CCSプロジェクト(世界初の大規模CCS)
大気中からの直接空気回収(DAC)
DACは、大気中から直接CO2を回収する技術で、他の方法では対処できない排出源からのCO2にも対応できる点が特徴です。
1. 技術概要
- 吸着剤や液体溶剤を用いて大気中のCO2を捕捉
- 捕捉後、熱や圧力の変化でCO2を分離・濃縮
2. 主な特徴
- 場所を選ばず設置可能
- 過去の累積排出にも対応可能
- 現状ではエネルギー消費とコストが高い
3. 代表的なプロジェクト
- スイスClimeworksのOrca(アイスランド)世界最大のDAC施設
- カナダCarbon EngineeringとOccidental Petroleumの大規模DACプラント計画(米国テキサス州)
将来展望
直接空気回収(DAC)技術の将来は、多くの可能性と期待に満ちています。再生可能エネルギーとの組み合わせは、DAC施設の運用効率を大幅に向上させる可能性があります。太陽光や風力などのクリーンエネルギーを活用することで、DACプロセスの炭素強度を低減し、大気浄化技術として機能することが期待されています。同時に、技術のスケールアップは、経済性の向上に不可欠です。大規模な設備投資と運用経験の蓄積により、単位当たりのCO2回収コストを削減し、商業的な実現可能性を高めることができるでしょう。
課題
しかしながら、DACの大規模展開には依然として多くの課題が存在します。まず、大規模なDAC施設の展開には、広大な土地とエネルギーが必要となります。これは、土地利用の競合や地域のエネルギー供給に影響を与える可能性があり、慎重な立地選定と地域社会との合意形成が不可欠です。
次に、回収したCO2の有効利用や長期的な貯留方法の確立も重要な課題です。大量に回収されたCO2を安全かつ効果的に処理するためには、新たな産業利用の開発や、地下貯留の技術的・社会的受容性の向上が必要となります。最後に、コスト低減と技術の成熟化は、DACの普及に向けた最大の障壁の一つです。
現状では、大気中からのCO2回収コストは従来の排出源からの回収に比べて非常に高く、継続的な技術革新と実証プロジェクトの積み重ねによる学習効果が、コスト削減と技術の信頼性向上に不可欠です。これらの課題を克服することで、DACは気候変動対策の重要なツールとしての地位を確立し、持続可能な未来の実現に貢献することができるでしょう。
これらの適用分野は、それぞれ異なる技術的課題と可能性を持っており、CCUSの普及と気候変動対策に重要な役割を果たしています。各分野での技術革新と実証プロジェクトの成果が、CCUSの将来的な展開を左右すると考えられます。
再生可能エネルギーと火力発電の共存
再生可能エネルギーの課題
再生可能エネルギーは、太陽光や風力など、環境に優しいエネルギー源として注目されていますが、出力が天候に左右されるという課題があります。このため、安定供給が難しい場合があり、火力発電がその不安定さを補完する役割を担うことが期待されています。
ハイブリッド発電システム
近年、火力発電と再生可能エネルギーを組み合わせた「ハイブリッド発電システムの開発が進んでいます。例えば、太陽光発電が稼働していない夜間には火力発電を稼働させ、逆に太陽光が発電している昼間には火力発電の出力を下げるなど、柔軟な運用が可能です。
まとめ
火力発電は、世界的なエネルギー供給において依然として重要な役割を果たしていますが、脱炭素化の時代においては大きな変革期にあります。技術革新や再生可能エネルギーとの共存を模索しながら、火力発電の在り方は大きく変わりつつあります。特にCCUS技術の進展により、CO2排出を削減しつつ安定した電力供給が可能となる未来が見え始めています。
今後、火力発電は単なる「過去の技術ではなく、再生可能エネルギーと共存しながら持続可能なエネルギーシステムを支える「進化する技術」として、新たな役割を担うことが期待されています。