アンモニア専焼とは?特性やメリットを徹底解説

CO2削減

「アンモニア専焼(せんしょう)」という言葉を、皆様はご存じでしょうか。これは、発電用の燃料としてアンモニアだけを使用する状態を表しており、電力会社やモノづくりのメーカーなどが、脱炭素社会の実現に向けた新たな打ち手の一つにすべく、研究開発や各種構想を進めています。実際に直近では、北海道電力が石炭火力の苫東厚真発電所で、2040年代にアンモニアのみを燃料とする発電機の新設を想定していることや、自動車メーカーのマツダが2030年を目途に自家発電設備の燃料を石炭からアンモニアに転換するため、アンモニアを石炭に混ぜる「混焼」ではなく、技術やコストの面でハードルが高い「専焼」に敢えて挑むニュースが取り上げられていました。

このように、新たな発電用の燃料として注目を集めているアンモニア専焼ですが、上述のニュースからもわかるように、実用化には今しばらく年月を要することも事実です。

経済産業省 資源エネルギー庁:我が国の燃料アンモニア導入・拡大 に向けた取組について
© https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/energy_structure/pdf/020_04_00.pdf

そこで本コンテンツでは、アンモニアの特性と今後も期待される役割を踏まえながら、従来の「混焼」を含むアンモニア発電の仕組みや「専焼」に向けた実際の企業による研究事例について紹介していきます。

アンモニアの特性と期待される役割について

まずは、アンモニアについて理解を深めていきます。

アンモニアは、農産業の分野において、長らく重要な役割を担ってきました。画期的なアンモニアの合成法として1909年にハーバー・ボッシュ法が確立したことにより、窒素肥料の原料となるアンモニアの生産を通して化学肥料の量産が可能になったことがきっかけです。しかし一方で、エネルギー産業の分野においては、これまであまりアンモニアが積極的に活用されることはありませんでした。なぜなら、アンモニアは燃焼速度が遅いため、酸素濃度が高くても火炎がすぐに消失してしまい、安定的に燃焼状態を保つことが難しい特徴があるためです。

そのような中で、2020年に東北大学流体科学研究所と株式会社IHI、産業技術総合研究所との共同研究により、液体アンモニア(NH3)を燃料として直接燃焼させて、火炎を安定化させる技術を開発しました。その結果、温室効果ガスを排出しないアンモニアのガスタービン発電の実用化は大きく前進しました。そして、2021年に政府が公表した「第6次エネルギー基本計画」にて初めて、アンモニア発電が電源構成として組み込まれました。

経済産業省 資源エネルギー庁:アンモニアが“燃料”になる?!(前編)~身近だけど実は知らないアンモニアの利用先
© https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_01.html

このように、エネルギー産業の分野において注目度が高いアンモニアですが、脱炭素社会の実現に向けてアンモニアに期待される役割は、大きく分けて以下の2つ(※1)が挙げられます。

①次世代エネルギーの一つである水素を運ぶための役割

アンモニアの分子式は「NH3」となっており、水素(H)と窒素(N)で構成されています。そのため、大容量の輸送が難しい水素を、現時点で輸送技術が確立しているアンモニアに形を変換して輸送し、エネルギーを利用する場所で水素に戻すための研究開発が進められています。

②燃料としての役割

本コンテンツで取り上げているアンモニア発電としての役割になります。アンモニアは燃焼してもCO2を排出しないカーボンフリー(※2)の物質です。そのため、アンモニアだけをエネルギー源とした専焼を見据えて現在では技術開発が進められていますが、現状では石炭火力発電に混ぜて燃やす混焼を通してCO2の排出量を抑える取り組みが進められています。

そこで、2章からは②に挙げた燃料としてアンモニアが果たす役割について、アンモニア発電を通して理解を深めていきます。

(※1)上記2つの役割以外では、大気汚染物質として火力発電所が排出する煤に含まれる窒素酸化物(NOx)の対策に利用されたり、化学製品の基礎材料としても利用されたりしています。経済産業省 資源エネルギー庁のデータによると、世界全体でのアンモニアの用途は、約8割が肥料用、残りの2割が工業用となっています。
(※2)アンモニアは燃焼の際にはCO2を排出しませんが、厳密にはアンモニアの原料となる水素を石炭や天然ガスなどの化石燃料から製造する場合は、製造過程でCO2が発生します。

アンモニア発電の特徴と仕組みについて

まずは、アンモニア発電の特徴を、メリットとデメリット(課題)の視点から見ていきます。

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▷メリット
・発電時にCO2を排出しない
国内の主要な石炭火力発電所のすべてにおいて、アンモニアの20%混焼を行った場合、約4,000万トンのCO₂を削減できると言われています。そのため、専焼が実現できればその量は更に増え、経済産業省 資源エネルギー庁のデータによると、CO₂排出の削減量は約2億トンにのぼると試算されています。

・水素に比べて貯蔵・運搬が容易であり、発電コストも抑えることができる
アンモニアは、既に生産から運搬、貯蔵までの技術が確立されているため、1章でも紹介したように、水素の運搬の際にも必要に応じて形を変えることが可能な利便性も備えています。また専焼による発電コストを見た場合も、水素が1kWhあたり97.3円(2020年時点試算)なのに対し、アンモニアは23.5円(2018年度時点試算)と、大きく下回っています。

・貯蔵・運搬方法が確立していることから、既存のインフラを活用することが可能である
火力発電のボイラーにアンモニアを混焼する場合、バーナーなどを変えるだけで対応することができます。一方で、水素のサプライチェーンにおいては、ゼロからインフラ整備を行うことが必要になってきます。
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▷デメリット(課題)
・発電時にNOx(窒素酸化物)を排出する
高濃度の二酸化窒素は、のどや気管、肺などの呼吸器に悪影響を与えるほか、光化学スモッグや酸性雨の原因にもなるため、排出抑制のための取り組みが必要となってきます。

・アンモニアの絶対量が不足している
アンモニアの市場は、既に肥料用途や工業用途といった原料用で確立しており、世界の原料用アンモニア生産は2019年で年間約2億トン程度となっています。その上で国内市場の状況としては、原料用アンモニア消費量は約108万トン(2019年)となっており、国内生産は約8割、輸入は約2割(輸入元はインドネシア及びマレーシア)と、世界的に見ても小規模な市場となっています。そのため、市場価格の高騰を防ぎつつ、安定的に必要量を確保す上では、供給面において課題が残ります。例えば、、石炭火力発電にアンモニアの20%混焼を実施すると、1基(100万kW)につき年間約50万トンのアンモニアが必要となります。その場合、国内の大手電力会社の全ての石炭火力発電で20%の混焼を実施すると、年間約2,000万トンのアンモニアが必要となり、この量は現在の世界全体の貿易量に匹敵します。また、これが専焼となると、更にアンモニアの必要量が増加することが想定されます。

・大規模発電における実現可能性が未知数となっている
アンモニア発電に関し、技術面においては日本が世界をリードしている状況にはありますが、3章で紹介する企業事例からもわかるように、これまでの試験炉は小規模なものが対象となってきた背景があります。
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このように、日常生活の中でアンモニア発電が実用化して浸透する段階においては、まだまだ解決しなければならない課題は残っている状況です。

次に、アンモニア発電の仕組みについて紹介します。こちらは、次の2つに分類されます。今回取り上げている専焼は、①混焼の次段階としてアンモニアの比率を100%にすべく研究されています。

①混焼
1章でもお伝えしたように、アンモニアは燃焼速度が遅いことが特徴の一つであり、燃料として燃焼させる場合は石炭と合わせる方法が一般的となっています。このように、他の化石燃料とアンモニア燃料を混ぜながら火力発電を実施する手法を、アンモニア混焼と呼びます。混焼の場合、既存の火力発電の中に化石燃料とアンモニア燃料を一緒に投入するため、専用の火力発電設備を新設する必要はありません。

②燃料電池
国立大学法人京都大学、株式会社ノリタケカンパニーリミテド、三井化学株式会社、株式会社トクヤマの共同研究により、2015年7月、国立大学法人京都大学内でアンモニアを直接燃料とした固体酸化物形燃料電池(SOFC)で、世界最大規模(200Wクラス)の発電に成功しています。

アンモニア専焼に関する企業の研究事例について

ここからは、アンモニア専焼の実用化に向けた企業の具体的な研究事例について紹介します

<株式会社IHI>
2022年6月、IHIグループは、2013年から技術開発を続けてきたガスタービンで液体アンモニアのみを燃料にしたCO2フリーの発電に世界で初めて成功しています。アンモニアが従来抱えていた課題である燃焼速度の遅さや発熱量の低さ、安定した火炎を作ることの難しさ、燃焼時のN2Oが発生を解決することで、アンモニアだけを燃料とした2,000kWの発電を成し遂げました。また、IHIはGEと協力して脱炭素化に取り組むために、大型ガスタービンにアンモニア専焼技術を適用するための技術開発を進め、既設のGE製大型ガスタービン発電設備へのアンモニア燃料転換改造や大型アンモニアガスタービンの新設需要に応えていくことに合意する覚書を締結しています。

参照:IHI(世界初!CO₂が出ないアンモニア専焼ガスタービン発電(前編))
参照:IHI(IHIとGE、アンモニア専焼大型ガスタービン開発に関する覚書を締結)

<三菱重工業株式会社>
2023年11月、三菱重工業は火力発電ボイラーにおけるアンモニア利用技術の開発を進めるなかで、総合研究所長崎地区の試験設備においてアンモニア専焼バーナーの試験に成功しています。燃料消費が0.5トン/時の燃焼試験炉において、アンモニア専焼バーナーを用いた専焼試験および石炭との高混焼試験を実施し、いずれにおいても安定燃焼を確認するとともに、窒素酸化物の排出量を石炭専焼時よりも抑制できること、またアンモニアを完全燃焼できることを確認しました。また、次のステップとしては、より大規模となる同4トン/時の燃焼試験炉において、実機サイズのバーナーを用いた燃焼試験を実施していく予定となっています。

参照:三菱重工(ボイラー用アンモニア専焼バーナーの試験に成功 既存火力発電所のCO2排出削減技術でエナジートランジションを推進)

<マツダ株式会社>
2023年12月、マツダは自社工場内にある石炭火力の発電設備の燃料を、アンモニア専焼に置き換えることを、カーボンニュートラルに関する説明会で明らかにしています。具体的には、自社工場の中で最大の排出源となっている広島市の本社工場と、山口県の防府工場に設置した総発電容量131.5MWの石炭火力発電を停止し、アンモニア発電設備を新設して排出を56%削減することを目指すものとなっています。電力会社以外の事業会社が、このようにアンモニア専焼発電の導入を公表するのは珍しい事例となっています。

参照:日経クロステック(マツダが発電設備に「アンモニア専焼」、30年にも本社工場に導入)
参照:日経ESG(マツダがアンモニア「専焼」に挑む 脱炭素へ石炭火力の自家発電を停止)

まとめ

本コンテンツでは、アンモニアの特性と今後も期待される役割を踏まえながらアンモニア発電の特徴を確認し、「混焼」や「燃料電池」の仕組みに触れながら「専焼」に向けた実際の企業による研究事例について紹介してきました。

3章の企業の研究事例からもわかるように、脱炭素社会の実現に向けたその他の研究開発の取り組みに比べると、アンモニア発電、特に専焼の技術を用いた発電の実用化はまだ少し先になりそうな見通しにはなっている状況です。

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