CORSIAとは? 航空業界のCO₂排出削減を目指す国際的枠組みを解説

気候変動対策が加速する中、航空業界もCO₂排出削減に向けた取り組みを強化しています。その中でも、国際民間航空機関(ICAO)が主導する「CORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)」は、国際航空のCO₂排出を抑制するための市場メカニズムとして重要な役割を担っています。
本コンテンツでは、CORSIAの概要、対象となる航空会社、導入の背景、削減手法、世界の動向、日本における影響などを詳しく解説します。
目次
CORSIAとは?基本概念と目的
CORSIAとは?
CORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)は、国際航空のCO₂排出量を削減するための市場メカニズムであり、国際民間航空機関(ICAO)が2016年に採択しました。
目的は、2020年以降の国際航空によるCO₂排出を「実質ゼロ成長」に抑えることです。
CORSIAの目標
- 2020年以降のCO₂排出量の増加を抑制(カーボンニュートラル成長)
- 航空会社に対して排出量のモニタリングと報告を義務付け
- 排出削減が難しい部分は、カーボンクレジット(オフセット)で補填
CORSIAが導入された背景と必要性
航空業界のCO₂排出問題
航空業界は、世界のCO₂排出量の約2~3%を占めていますが、航空需要の拡大により、この割合は増加すると予測されています。
ICAOの推計では、2050年までに航空業界のCO₂排出量は現在の2~3倍に増加する可能性があるとされています。
パリ協定との関係
パリ協定では、すべての産業が温室効果ガス(GHG)の削減に貢献することが求められています。
しかし、航空業界は国際的な移動を伴うため、国単位での排出削減目標の設定が難しく、国際的な枠組みとしてCORSIAが導入されました。
CORSIA成立までの主な流れ
1997年 | 京都議定書採択 国際的な温室効果ガス削減の枠組みが始まり、航空部門も対象とする議論が開始されました。 |
2010年 | ICAO第37回総会 国際民間航空機関(ICAO)は、国際航空部門におけるCO2排出量削減のための「グローバル削減目標」を採択しました。 |
2013年 | ICAO第38回総会 市場メカニズムの導入を含む、排出量削減対策の検討が進められました。 |
2016年 | ICAO第39回総会 CORSIAが採択され、制度の枠組みが確立されました。 |
2018年 | CORSIA実施のための基準と推奨慣行(SARPs)採択 CORSIAの具体的な実施方法が定められました。 |
2019年 | CORSIAの試行段階開始 制度の運用に関する検証が行われました。 |
2021年 | CORSIAの任意参加段階開始 制度への参加が任意で開始されました。 |
2024年 | CORSIAの第一段階開始 制度への参加が段階的に義務化されました。 |
参照 ICAO HP 『ICAO ENVIRONMENTAL』
https//www.icao.int/environmental-protection/CORSIA/Pages/default.aspx
CORSIAは、国際航空部門の持続可能な発展を目指し、地球温暖化対策に貢献するための重要な制度です。
CORSIAの仕組み
CORSIAの基本メカニズム
CORSIAは、航空会社が2020年を基準に、それ以降のCO₂排出増加分をオフセット(相殺)するという仕組みになっています。手順は以下の通りです
- 航空会社は、CO₂排出量を測定・報告する(MRVMonitoring, Reporting, Verification)
- 2020年を基準に、それ以降の排出増加分を算定
- 増加分に相当するカーボンクレジットを購入し、オフセット
- 追加的な燃料効率向上や持続可能な航空燃料(SAF)の導入を奨励
オフセット制度とは?
航空会社は、排出削減が難しい分を「カーボンクレジット」の購入で補います。
これにより、再生可能エネルギープロジェクトや森林保護プロジェクトに投資し、CO₂削減に貢献します。
オフセット対象プロジェクト例
- 再生可能エネルギープロジェクト(太陽光・風力発電)
- 森林再生プロジェクト
- エネルギー効率向上プロジェクト
CORSIAが導入を促進する持続可能な航空燃料(SAF)とは?
SAF(Sustainable Aviation Fuel持続可能な航空燃料)は、航空業界におけるCO2排出量削減の鍵となる次世代燃料です。従来のジェット燃料に代わるSAFは、環境負荷を低減し、持続可能な航空輸送の実現に貢献します。
SAFの主な特徴
- 原料の多様性
廃食油、植物油、藻類、都市ごみ、木質バイオマスなど、多様な原料から製造可能です。これらの原料は、従来の化石燃料とは異なり、再生可能な資源であるため、持続可能性に優れています。
- CO2排出量削減効果
SAFは、製造から燃焼までのライフサイクル全体で、従来のジェット燃料に比べてCO2排出量を大幅に削減できます。原料となる植物などが成長過程でCO2を吸収するため、燃焼時の排出量を相殺する効果が期待されます。
- 既存のインフラを活用可能
SAFは、既存のジェット燃料と混合して使用できるため、航空機のエンジンや燃料供給インフラを大幅に変更する必要がありません。
CORSIAにおけるSAFの要件
CORSIAは、不当な環境主張(グリーンウォッシュ)を防ぎ、真に持続可能なSAFの利用を推進するために、使用するSAFの認証を条件としています。
- CORSIA適格燃料(CORSIA Eligible Fuel)の認証
CORSIAにおいてSAFをオフセットに利用するためには、そのSAFが「CORSIA適格燃料」として認証を受けている必要があります。これは、SAFの持続可能性やCO2排出削減効果が、ICAOの定める厳格な基準を満たしていることを保証するためのものです。
- 持続可能性認証スキーム
CORSIA適格燃料の認証を取得するためには、持続可能性認証スキームによる認証が必要です。例えば、ISCC(国際持続可能性カーボン認証)やRSB(持続可能なバイオ燃料のための円卓会議)などが、ICAOによって承認され た認証スキームとして挙げられます。
- 排出量削減基準
認証されたSAFは、従来のジェット燃料と比較して、一定以上のCO2排出量削減効果があることが証明されている必要があります。この基準を満たすことで、SAFの利用が真に地球温暖化対策に貢献することが保証されます。
CORSIAの適用範囲と対象企業
CORSIAの適用国
CORSIAは、段階的に適用される国際的な制度です。
- 2021年~2023年(試行期間)加盟国の一部が自主的に参加
- 2024年~2026年(第1フェーズ)一部の国が参加
- 2027年~(第2フェーズ)すべての国に適用(対象国は拡大)
対象となる航空会社
- 国際線を運航する航空会社が対象
- 例外として、年間1万トン未満のCO₂排出の小規模航空会社や軍用機、政府専用機は対象外
世界の動向と各国の取り組み
主要国のCORSIA対応
- アメリカ
アメリカは、CORSIAへの参加を表明しており、制度の実施に向けて積極的に取り組んでいます。特に、SAF(持続可能な航空燃料)の開発・導入を推進しており、政府主導で研究開発や生産支援を行っています。アメリカは、航空業界の脱炭素化を推進する上で、技術革新と市場メカニズムの活用を重視しています。
- EU(欧州連合)
EUは、CORSIAに積極的に参加しており、制度の実施を強く支持しています。EUは、独自の排出量取引制度(EU ETS)を航空部門にも適用しており、CORSIAと連携しながら、より厳格な排出量削減目標を設定しています。EUは、SAFの普及を促進するため、政策的な支援や規制を強化しています。
- 中国
中国は、CORSIAに対して慎重な姿勢を示しています。中国は、自国を開発途上国であると位置づけており、先進国との間で排出量削減の責任を公平に分担することを求めています。しかし、中国も航空部門の持続可能な発展に向けて、SAFの開発や省エネルギー技術の導入など、排出量削減に向けた取り組みを進めています。
- ロシア
ロシアも、CORSIAへの参加に対して慎重な姿勢を示しています。ロシアは、自国の経済状況やエネルギー政策を考慮しながら、国際的な排出量削減の枠組みに参加するかどうかを検討しています。ロシアも、航空部門の環境対策に関心を示しており、技術革新や燃料効率の向上など、排出量削減に向けた取り組みを模索しています。
日本の航空業界への影響
日本の主要航空会社の対応
日本の航空業界におけるCORSIA(国際民間航空のためのカーボンオフセットおよび削減スキーム)への対応について、各企業および関連機関の取り組みをより詳しく解説します。
日本航空(JAL)の取り組み
- 2050年CO2排出量実質ゼロ目標
JALグループは、「2050年までに航空機運航によるCO2排出量実質ゼロ」という目標を掲げ、積極的に脱炭素化を推進しています。SAFの導入、運航効率の改善、新技術の導入、排出量取引の活用など、多角的なアプローチで目標達成を目指しています。
- SAFへの取り組み
SAFの安定調達と利用拡大に向け、国内外の企業と連携し、サプライチェーンの構築に取り組んでいます。国産SAFの開発・製造にも積極的に関与し、持続可能な燃料供給体制の確立を目指しています。
- 運航効率の改善
最新鋭機材の導入や、運航ルートの最適化、地上走行時の電動化など、運航効率の改善によるCO2排出量削減を推進しています。
- 情報開示と連携
サステナビリティに関する情報を積極的に開示し、ステークホルダーとの対話を重視しています。業界団体や国際的なイニシアティブにも参加し、脱炭素化に向けた連携を強化しています。
- JALのカーボンオフセットプログラム
JALのカーボンオフセットは、航空機利用によるCO2排出量を、CO2削減・吸収プロジェクトへの投資で埋め合わせるプログラムです。利用者はフライトの環境負荷を軽減し、地球温暖化対策に貢献できます。プログラムでは、排出量の可視化、信頼性の高いプロジェクトへの投資、オフセット量の選択が可能です。法人向けには、出張時のCO2排出量をオフセットし、排出量のレポートや実績を確認できるプログラムも提供しています。
参照 JAL『排出量取引への対応』
https://www.jal.com/ja/sustainability/environment/climate-action/emission_trading/#carbon
全日本空輸(ANA)の取り組み
- ANA Future Promise
ANAグループは、持続可能な社会の実現に向けた取り組み「ANA Future Promise」を推進しています。2050年までのCO2排出量実質ゼロ目標達成に向け、SAFの導入、機材更新、運航方法の改善、新技術の開発などに取り組んでいます。
- SAFへの取り組み
SAFの調達・利用拡大に向け、国内外のサプライヤーと連携し、長期的な供給契約を締結しています。国産SAFの生産と利用を推進するための活動にも参加しています。
- 機材更新と運航改善
燃費効率の高い最新鋭機材の導入を進めるとともに、運航ルートの最適化や、AIを活用した運航効率の向上に取り組んでいます。
- 技術開発とイノベーション
水素燃料航空機や電動航空機など、次世代航空技術の開発を推進しています。スタートアップ企業との連携や、研究機関との共同研究を通じて、イノベーションを加速させています。
引用 ANA HP 『航空機の運航における取り組み』
https://www.ana.co.jp/group/csr/environment/operating/
国土交通省の取り組み
- 航空分野における地球温暖化対策
国土交通省は、航空分野における地球温暖化対策を推進するため、SAFの導入促進、技術開発の支援、国際連携などを行っています。
CORSIAに関する情報提供や、航空会社の取り組みを支援するための施策も実施しています。
- SAFの導入促進
SAFの安定供給体制の構築に向け、関係省庁や業界団体と連携し、原料調達、製造、流通の各段階における課題解決に取り組んでいます。SAFの導入目標を設定し、航空会社への支援策を講じています。
- 技術開発の支援
次世代航空技術の開発を推進するため、研究開発プロジェクトへの資金提供や、規制緩和などの支援を行っています。
- 国際連携
ICAOなどの国際機関と連携し、CORSIAの円滑な実施や、国際的な脱炭素化の議論に貢献しています。
参照 国土交通省 『空のカーボンニュートラル』
https://www.mlit.go.jp/koku/koku_tk8_000007.html
これらの取り組みを通じて、日本の航空業界はCORSIAへの対応を確実に進め、持続可能な航空輸送の実現に貢献しています。
CORSIAの課題
- SAF(持続可能な航空燃料)の普及
SAFはCO2排出量削減の鍵ですが、生産コストが高く、供給量も限られています。安定的な供給体制の構築とコスト削減が急務です。
- 国ごとの対応のバラつき
一部の国ではCORSIAの適用が進んでいません。中国、ロシア、インドなどの排出量が多い新興国の参加が不可欠です。これらの国々の事情に配慮しつつ、制度への参加を促す必要があります。
- 排出権の質の確保
排出権取引の信頼性を維持するため、質の高い排出権の認証制度を確立する必要があります。グリーンウォッシュ(環境に配慮しているように見せかける行為)を防ぐための対策も重要です。
まとめ
CORSIAは、国際航空のCO₂排出を抑制するための画期的な枠組みであり、持続可能な航空業界の実現に向けた重要な取り組みです。
カーボンクレジットの活用やSAFの導入など、航空業界全体での脱炭素化が加速することで、より環境負荷の少ない航空輸送が実現されることが期待されています。
今後は、技術革新や政策の進展によって、CORSIAがより効果的に機能し、航空業界の持続可能な成長を支える鍵となるでしょう。

