エネルギー白書2024が公開。カーボンニュートラルの最新動向

基礎知識

「エネルギー白書」は、経済産業省資源エネルギー庁が毎年作成し、国会に提出する報告書です。国内外のエネルギー動向を分析し、日本のエネルギー政策の進捗状況と評価、今後の方針などを取りまとめています。地政学リスクへの対応、エネルギー安全保障、カーボンニュートラルへの移行など、多岐にわたるテーマを扱っており、エネルギー政策に関心を持つ国民にとって重要な情報源となっています。

2024年6月に公表された最新の「エネルギー白書2024」では、ロシアのウクライナ侵攻など世界のエネルギー情勢の変化を受けた日本の対応や、2050年カーボンニュートラルに向けたグリーン・トランスフォーメーション(GX)の取り組みなどが詳述されています。

本記事では、「エネルギー白書2024」の内容を分かりやすく解説し、日本のエネルギー政策の「今」と「これから」を読み解いていきます。

参照:経済産業省 資源エネルギー庁「エネルギー白書2024」

カーボンニュートラルの定義を再確認

カーボンニュートラルとは、人為的な温室効果ガスの排出量と、森林などによる吸収量や、CCS等の技術で除去する量を均衡させることを指します。言い換えれば、実質的にCO2の排出量をゼロにするということです。

化石燃料の使用を減らし、再生可能エネルギーへのシフトを進めることが重要ですが、完全にゼロにするのは現実的に難しいため、残りの排出量を他の手段で相殺するのがカーボンニュートラルの考え方です。

カーボンニュートラルの重要性

地球温暖化は、私たちの生活や経済活動に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。気温上昇による海水面の上昇は、沿岸部の都市や島嶼国に大きな脅威をもたらします。また、干ばつや洪水、強い台風など、異常気象の頻発も懸念されています。こうした影響を最小限に抑えるためには、産業革命以前と比べて気温上昇を1.5℃以内に抑える必要があり、そのためにはカーボンニュートラルの実現が不可欠なのです。

また、脱炭素社会への移行は、化石燃料に代わるクリーンエネルギー産業の成長や、省エネ技術のイノベーションを通じた経済成長の機会でもあります。

エネルギー白書2024の世界動向について

パリ協定と各国の目標

2015年に採択されたパリ協定では、世界的な平均気温上昇を産業革命前と比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすることが合意されました。この目標達成に向けて、各国が2030年までの温室効果ガス削減目標(NDC)を掲げています。
例えば、EUは1990年比で55%削減、米国は2005年比で50~52%削減、英国は1990年比で68%削減といった具合です。

また、多くの国が2050年前後のカーボンニュートラル実現を表明しています。

主要国の進捗状況

日本のNDCは2013年度比で46%削減(さらに50%の高みに向けて挑戦を続ける)ですが、2021年度時点で21%削減と、着実に進捗しています。一方、米国は2021年の削減率が17%、ドイツは41%、フランスは23%と、目標達成のペースに遅れが見られます。カーボンニュートラル実現のためには、電力の非化石化と省エネの両輪が重要ですが、特に日本は再エネ・原子力などの非化石電源の拡大が課題です。

再エネについては、変動性や立地制約などの課題を克服し、コスト低減と大量導入を両立させる必要があります。
原子力については、安全性の確保を大前提に、立地地域の理解を得ながら活用を進めることが求められています。

水素・CCS等の新技術への注目

再エネ・原子力に加えて、世界では脱炭素技術としての水素やCCSへの注目が高まっています。水素は、発電や運輸、産業プロセスなど幅広い分野での活用が期待されており、各国で製造・輸送・利用に関する技術開発や普及支援策が打ち出されています。CCSは、大規模排出源からのCO2を回収し、地中などに貯留する技術です。特に、火力発電や鉄鋼、セメントなど、電化が難しい分野での排出削減に有効とされています。

日本でも、2024年に水素社会推進法案とCCS事業法案が閣議決定され、商用化に向けた環境整備が進められています。

エネルギー白書2024の日本の取組について

GXの定義と意義

日本では、カーボンニュートラル実現に向けた取組を「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」と呼んでいます。GXとは、化石燃料中心の経済・社会をクリーンエネルギー中心に移行させる、経済社会システム全体の変革を意味します。

単なる脱炭素化ではなく、それを通じた成長戦略、国際競争力の向上、経済と環境の好循環の実現を目指すものです。2050年カーボンニュートラルという野心的な目標に向けて、今後10年間で150兆円超の官民投資を実行し、電化と電源の脱炭素化、水素・アンモニア等の導入、CCS等の最大限の取組を進めていくこととしています。

GX関連の法整備

2023年には、GXの実現に向けた「GX推進法」と、脱炭素電源の導入促進を図る「GX脱炭素電源法」が成立しました。GX推進法では、①GX推進戦略の策定・実行、②20兆円規模のGX経済移行債の発行、③成長志向のカーボンプライシング、④150兆円超の官民投資実現に向けたGX推進機構の創設――などが柱となっています。

成長志向のカーボンプライシングとは、排出量取引制度や炭素税などを通じて、CO2排出コストを市場に内部化することで、脱炭素化の取組を加速させる仕組みです。

GX脱炭素電源法では、再エネの導入加速化や立地推進、原子力の安全性向上と活用に向けた措置などが盛り込まれました。

分野別の取組

電力分野
電力分野では、再エネ拡大に向けて、系統制約の克服や、発電コストの低減、立地制約への対応などが課題となっています。系統制約については、系統増強や広域的な運用、蓄電池の活用などを進めます。コスト低減に向けては、入札制度や研究開発支援による技術革新を促します。
立地制約については、洋上風力の促進、農地や廃棄物最終処分場の活用など、新たな設置場所の開拓を進めていきます。
原子力についても、安全性向上を大前提に活用を進めることとしており、原子力規制の一層の充実や技術開発を進めるとともに、立地地域の理解醸成や核燃料サイクルの推進などに取り組みます。

産業分野
産業部門は日本の温室効果ガス排出量の約35%を占めており、製造プロセスの転換が鍵を握ります。
例えば、鉄鋼業では水素還元製鉄への移行、化学産業ではクラッカーの電化や人工光合成技術の開発、セメント産業ではキルンの燃料転換などが求められます。
こうした革新的技術の研究開発・実証・導入や、それを支える基盤整備を官民連携で進めていきます。

運輸分野
運輸部門では、自動車・航空・船舶分野での電動化・脱炭素化が重要です。自動車については、電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)などの普及と、そのための充電・水素インフラの整備を一体的に進めます。
また、時間軸を意識しつつ、バイオ燃料やe-fuelなどの次世代燃料の活用も進めていきます。
航空機・船舶についても、バイオ燃料やアンモニア等の利用を進める一方、機体の電動化・水素化など、中長期の技術開発にも取り組みます。

家庭・業務分野
家庭・業務部門は、人口減少などを背景に、全体のエネルギー消費は横ばいですが、電力消費は増加傾向にあります。このため、徹底した省エネと電化を組み合わせた取組が重要です。
具体的には、住宅・建築物の断熱性向上、高効率給湯器やヒートポンプ、燃料電池などの普及を進めるとともに、分散型エネルギーシステムや、デジタル技術を活用したエネルギー管理の高度化などを進めていきます。
特に2030年以降の新築住宅・建築物については、ZEH・ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス/ビル)の標準化を目指します。

アジアでのGX推進

日本は、アジア諸国と連携した脱炭素化の取組を、自らのエネルギー安全保障の強化や、ビジネス機会の拡大にもつなげていく考えです。
例えば、日本の優れた省エネ・再エネ技術の展開、LNG等の供給を通じたエネルギー・トランジションの支援、アジアのサプライチェーンの強靱化と脱炭素化など、包括的な協力を進めていきます。

日本の提唱により、2023年に「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」が立ち上がりました。脱炭素技術の共有やファイナンス支援、人材育成などを通じて、アジアでの現実的なエネルギー転換とGXを後押ししていくことが期待されます。

国内のエネルギー動向

エネルギー消費の推移

日本のエネルギー消費は、高度成長期には経済成長に伴って急増しましたが、二度のオイルショックを契機に省エネが進み、経済成長とエネルギー消費のデカップリングが実現しました。家庭部門や業務部門では、機器の効率改善などにより原単位(床面積当たりのエネルギー消費)は着実に改善していますが、世帯数の増加や床面積の拡大などにより、全体の消費量は微増傾向にあります。

運輸部門では、自動車の燃費改善が進む一方、自動車保有台数の増加により、消費量は横ばいで推移しています。産業部門では、省エネの進展により、生産量当たりのエネルギー消費は大幅に改善しましたが、近年は生産拠点の海外移転などによる影響もあり、横ばいとなっています。

エネルギー自給率と化石燃料依存

日本のエネルギー自給率は、1960年度の58%から、化石燃料への依存が進むとともに低下を続け、現在は12%程度と低い水準にあります。特に、原油の中東依存度が95%を超えるなど、地政学リスクへの脆弱性が課題となっています。

また、化石燃料への依存度が高いことは、CO2排出量の増加にもつながっています。エネルギー安全保障と脱炭素化の同時達成に向けて、再生可能エネルギーや原子力など、国産の非化石エネルギー源の最大限の活用が求められています。

電源構成の変化

2022年度の電源構成を見ると、化石燃料が全体の約75%を占めています。
内訳は、LNG火力33.8%、石炭火力30.8%、石油等8.2%となっています。再エネは14.1%(太陽光6.6%、風力1.1%、地熱0.2%、バイオマス3.9%等)、原子力は5.5%となりました。東日本大震災以降、原子力発電所の稼働停止により、火力発電への依存が高まる一方、FIT制度の導入により再エネの導入は加速してきました。
ただし、再エネについては、変動性や立地制約への対応、コスト低減などの課題があります。原子力についても、安全性の確保と地元理解が大前提となります。

脱炭素化と安定供給を両立するためには、電源の特性を踏まえた、最適な電源ミックスを追求していくことが重要です。

ガス体エネルギーの動向

都市ガスの原料は、かつては石炭ガスや石油ガスが中心でしたが、現在は9割以上がLNGとなっています。都市ガスの消費は、産業用を中心に堅調に推移してきましたが、近年は省エネの進展や産業構造の変化などにより、伸びは鈍化しています。都市ガス小売の全面自由化により、新規参入が進み、競争が活発化しています。

一方、LPガスは、災害時のバックアップやオフグリッド地域でのエネルギー供給など、重要な役割を担っています。カーボンニュートラルに向けては、ガス体エネルギーについても、合成メタンや水素などの脱炭素化が求められます。

省エネ技術の進展

省エネは、エネルギー消費量の削減を通じて、脱炭素化とエネルギーセキュリティの向上に貢献します。

日本は、家電や自動車、産業機器など、様々な分野で世界最高水準の省エネ技術を有しています。例えば、家庭用エアコンのエネルギー消費効率は、1990年代以降、約3倍に改善しました。産業分野でも、製造プロセスの改善や、高効率機器の導入などが進んでいます。運輸部門では、電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)の普及拡大が期待されるほか、エンジン車についても、ハイブリッド化や軽量化などにより、更なる燃費改善が見込まれます。

今後は、人工知能(AI)やIoT、ビッグデータなどのデジタル技術を活用し、需要側と供給側の最適化を図るエネルギーマネジメントシステムの高度化なども期待されます。革新的な省エネ技術は、CO2排出量の大幅削減と、エネルギーコストの低減を同時に実現する鍵となるでしょう。

おわりに

カーボンニュートラルの実現は、グローバルな課題であり、日本一国の取組だけでは十分ではありません。しかし、日本は省エネと非化石エネルギーの導入拡大を両輪として、野心的な目標に向けて着実に歩みを進めています。技術立国として、水素やCCS、次世代型太陽電池など、ゲームチェンジャーとなるイノベーションを生み出し、課題解決で世界をリードしていくことが期待されます。

また、アジアをはじめとする新興国・途上国が直面するエネルギーと環境の二律背反に対しても、日本の経験と技術を活かした支援を行っていくことが重要です。
脱炭素への移行は、化石燃料依存からの脱却であり、日本のエネルギー安全保障の抜本的な強化にもつながります。それと同時に、巨大な経済的機会でもあります。再エネ・水素関連産業をはじめとするグリーン成長産業を育てていくことが、日本の産業競争力の源泉となるでしょう。

企業の皆様におかれましては、カーボンニュートラルを新たなビジネスチャンスと捉え、イノベーションと価値創造にチャレンジしていただくことを期待しています。

日本のGXは、単なる脱炭素化ではなく、エネルギー安全保障の強化、経済と環境の好循環、豊かで活力ある持続可能な社会の実現を目指すものです。国民の皆様お一人お一人のご理解とご協力が不可欠です。化石燃料に依存した20世紀型の社会・経済・ライフスタイルを改め、クリーンで、強靱で、持続可能なカーボンニュートラル社会への移行を進めていきましょう。

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