浮体式洋上風力発電とは?仕組み・固定式との違い・国内外の導入事例を解説

深刻化する気候変動問題に対し、再生可能エネルギーへの期待が世界的に高まっています。特に注目を集めているのが、浮体式洋上風力発電です。
従来の着床式と異なり、浮体式は水深50m以上の海域でも設置が可能で、日本のような急深な海域を持つ国にとって、大きな可能性を秘めています。すでに欧州を中心に実用化が進み、日本でも長崎県五島市沖で商用運転が開始されるなど、着実に歩みを進めています。
世界の浮体式洋上風力発電の市場規模は、2030年までに急速な成長が見込まれており、日本企業にとっても新たなビジネスチャンスとして注目されています。本稿では、浮体式洋上風力発電の特徴や最新動向、事業化に向けた課題について詳しく解説します。
目次
浮体式洋上風力発電とは?
浮体式洋上風力発電(Floating Offshore Wind Power Generation)は、洋上に設置された風力タービンを用いて発電する方法の一つで、特に水深の深い海域に設置される風力発電システムを指します。通常の固定式洋上風力発電が海底に基礎を固定するのに対し、浮体式は浮かぶ基礎構造をアンカーで固定することで、深海域でも設置が可能です。
着床式洋上風力発電との違い
比較項目 | 着床式 | 浮体式 |
---|---|---|
設置可能水深 | 一般的に50m以下 | 50m以上の深い海域でも可能 |
基礎構造 | 海底に固定された基礎構造(モノパイル、ジャケット等) | 浮体構造物を係留システムで固定 |
建設コスト | 浅海域では比較的低コスト | 現時点では着床式より高コスト |
工事期間 | 海底工事が必要で工期が長い | 陸上での組立が可能で工期を短縮可能 |
設置場所の制約 | 海底地質の影響を大きく受ける | 海底地質の影響は比較的小さい |
メンテナンス性 | 比較的安定した作業が可能 | 浮体の動きにより作業が複雑化 |
環境影響 | 海底の改変が大きい | 海底改変が少なく、生態系への影響が小さい |
漁業との共生 | 底引き網漁業等への影響大 | 漁業との共生が比較的容易 |
発電効率 | 沿岸部の風況に依存 | 沖合の安定した風況を活用可能 |
技術成熟度 | 実用化が進んでおり、技術が確立 | 開発途上で技術革新の余地が大きい |
移設・撤去 | 困難で費用が高額 | 比較的容易で費用も抑制可能 |
送電システム | 比較的短距離 | 長距離送電が必要 |
主な技術課題 | • 施工時の気象条件制約 • 基礎工事の大規模化 • 建設コストの低減 | • 浮体の動揺制御 • 係留システムの信頼性 • 落雷対策 |
適地 | 遠浅の海域(例:北海、バルト海) | 急深な海域(例:日本周辺、米国西海岸) |
浮体式洋上風力発電は、未だ開発段階ではありますが、50m以上の深い水深でも建設することができるため、島国である日本では新たな再生可能エネルギーとして期待が高まっています。
浮体式洋上風力発電が注目される背景と重要性
エネルギー問題への対応
世界各国がカーボンニュートラルを目指す中で、再生可能エネルギーの拡大が不可欠です。浮体式洋上風力発電は、特に次の理由で注目されています:
- 風力資源の豊富な深海域の活用が可能。
- 都市近郊や海岸線に影響を与えずに大規模な発電が実現。
気候変動対策
化石燃料に依存する従来型の発電は、CO₂排出量の削減が課題です。浮体式洋上風力発電は、温室効果ガスを排出しないクリーンエネルギーとして、地球温暖化対策に大きく貢献します。
海洋エネルギー利用の可能性
従来は経済性や技術面で課題が多かった深海域でのエネルギー活用が、技術の進歩によって現実味を帯びてきています。
浮体式洋上風力発電の浮体構造
浮体形式の種類と特徴
スパー型
- 円筒形の細長い浮体構造
- 特徴:
- 優れた安定性
- 深い喫水により波の影響を受けにくい
- 建造・運搬が比較的容易
- 課題:
- 大水深が必要
- 港湾での組立に制約
セミサブ型
- 複数の浮力体を組み合わせた構造
- 特徴:
- 浅水深でも設置可能
- 安定性が高い
- 建造時の自由度が高い
- 課題:
- 構造が複雑
- 建造コストが高い
TLP型(緊張係留型)
- 浮力過剰の浮体を緊張係留で固定
- 特徴:
- 動揺が最も小さい
- 設置面積が小さい
- 軽量化が可能
- 課題:
- 係留システムが複雑
- 施工精度要求が厳しい
バージ型
- 箱型の浮体構造
- 特徴:
- 建造が容易
- 浅水深で設置可能
- 保守点検が容易
- 課題:
- 波浪影響を受けやすい
- 係留力が大きい
引用 NEDO公式HP
https://green-innovation.nedo.go.jp/project/offshore-wind-power-generation/
適地選定と環境アセスメント
適地選定
風況条件
- 風速条件
- 年間平均風速:7m/s以上(高度80m地点)
- 最大瞬間風速:設計基準に基づく耐風速の確認(通常70m/s以上)
- 風向の安定性:主風向における出現頻度50%以上が望ましい
- 乱流強度:0.12以下が推奨
- 評価方法
- 気象庁データの活用
- 現地での風況観測(最低1年間)
- 数値シミュレーションによる検証
- 不確実性評価の実施
海象・気象条件
- 波浪条件
- 有義波高の年間分布
- 50年確率波高の算定
- 波向きと周期の評価
- 津波リスクの評価
- 気象条件
- 台風の通過頻度と強度
- 落雷リスクの評価
- 視程条件の確認
- 結氷の可能性評価
海底地質条件
- 必要な調査項目
- 地層構造調査
- 土質試験
- 支持力評価
- 断層の有無確認
- 具体的な適地条件
- アンカー設置に適した地盤強度(N値30以上推奨)
- 急激な地形変化がない場所
- 海底地滑りリスクが低い区域
- 軟弱地盤の回避
系統連系条件
- 電力系統への接続検討
- 最寄りの変電所容量
- 送電線ルートの確保
- 系統安定性の評価
- 接続費用の概算
- 出力制御への対応
- 既存発電所との調整
- 蓄電システムの検討
- 出力抑制の可能性評価
社会環境条件
- 漁業関連
- 漁業権の種類と範囲
- 主要漁場との距離
- 魚種と漁期の把握
- 漁業補償の可能性
- 船舶航行
- 航路との離隔距離
- 船舶通航量の調査
- レーダー影響の評価
- 航行安全対策の検討
環境アセスメント
浮体式洋上風力発電の環境アセスメントは、事業計画の初期段階から体系的なプロセスとして実施されます。
まず計画段階では、事業特性と地域特性を考慮しながら、環境への影響を検討し、必要な調査項目と方法を決定します。この際、地域住民や漁業関係者など、様々なステークホルダーの意見を取り入れることが重要です。
実際の調査は1年以上かけて実施され、海域生態系、鳥類、水質、景観など多岐にわたる環境要素を対象とします。特に海洋環境への影響を重点的に調査し、魚類や底生生物の生息状況、渡り鳥のルートなどを詳細に把握します。
これらの調査結果に基づき、工事中および運転時における環境への影響を予測・評価します。水質汚濁や騒音、バードストライク、漁業活動への影響などを分析し、必要な環境保全措置を検討します。さらに、事業開始後も継続的なモニタリングを行い、予測結果の検証や追加対策の必要性を確認します。
このように環境アセスメントは、計画から運用までの各段階で環境への影響を慎重に評価し、適切な保全措置を講じることで、環境に配慮した事業実施を可能にする重要なプロセスとなっています。特に日本の場合、豊かな海洋生態系の保全と漁業との共生が重要な課題となっています。
浮体式洋上風力発電のメリットと課題
メリットについて
- 設置場所の自由度の高さ
水深50m以上の深い海域でも設置が可能なため、沖合の強く安定した風を活用できます。また、沖合に設置できることで、景観への影響を最小限に抑えることができ、地域住民との合意形成がしやすいという特徴があります。
- 海底の改変が少ない
アンカーによる固定のみで済むため、海洋生態系への影響を抑制できます。また、漁業との共生も比較的容易で、浮体構造物周辺が魚礁効果を生む可能性も指摘されています。さらに、設置や撤去時の環境負荷も相対的に低く、将来的な撤去も容易です。
- 海上作業を最小限に抑制できる
これにより、気象条件に左右されにくい工事計画を立てることができ、工期の短縮や安全性の向上にもつながります。完成した設備は港から曳航して設置できるため、大規模な海上作業が不要という利点もあります。
課題について
- コスト面
浮体構造物の製造コストが高額であり、係留システムなど着床式には不要な設備も必要となります。また、沖合での保守管理に特殊な作業船が必要となるため、メンテナンスコストも高くなる傾向にあります。
- 波や風による動揺への対策
発電効率を維持しながら浮体の安定性を確保する必要があり、高度な技術が要求されます。また、係留システムや送電ケーブルは常に波の影響を受けるため、長期的な信頼性の確保が重要な課題となっています。特に、日本のような台風常襲地域では、極端な気象条件下での安全性確保も重要です。
- 点検や修理のためのアクセス
点検や修理のためのアクセスが陸上よりも難しいため、天候による作業制限も大きくなります。また、洋上での作業には特殊な技能や設備が必要となり、運用コストの上昇要因となっています。さらに、落雷対策など、陸上では比較的対応が容易な問題も、洋上では大きな課題となります。
- 大規模な建造・保管用の港湾設備
また、沖合からの送電には長距離の海底ケーブルが必要となり、送電システムの整備も重要な課題となっています。これらのインフラ整備には多額の投資が必要となり、事業化の障壁となっています。
これらの課題に対して、世界各国で技術開発とコスト低減の取り組みが進められています。
- 浮体構造の最適化
- AIやドローンを活用した効率的な保守点検システムの開発
- 大規模化によるコストダウン
このように、様々なアプローチで課題解決が図られています。特に日本では、深い海域が多いという地理的特性から、この技術の確立が再生可能エネルギーの普及に大きな意味を持つため、実証事業を通じた技術の確立が急がれています。
日本や世界の浮体式洋上風力発電の取り組み
長崎県五島市福江島
施設概要 | |
名称 | はえんかぜ |
設置場所 | 長崎県五島市福江島 |
施設諸元 | 全長172m(海面上96m) 浮体直径最大7.8m ローター直径80m |
重量 | 約3,400t |
最大出力 | 2MW |
運転管理者 | 五島フローティングパワー合同会社 |
引用 国土交通省HP
https://www.mlit.go.jp/kowan/content/001761157.pdf
ポルトガル
ウィンドフロートアトランティックでは、基礎製作拠点、係留索・アンカー設置拠点、アッセンブリを行う基地港湾の3か所の港湾を使い、施工を実施。
引用 国土交通省HP
https://www.mlit.go.jp/kowan/content/001761157.pdf
・水域:ポルトガル沖18km
・基礎:セミサブ(鋼製)
・風車:185 m
・基数:3基(各8.4MW)
・運転開始:2020年
日本での支援:グリーンイノベーション基金「洋上風力発電の低コスト化」プロジェクト
経済産業省及びNEDOでは、グリーンイノベーション基金「洋上風力発電の低コスト化」プロジェクトとして、浮体式洋上風力発電の商用化を目的に、要素技術開発(フェーズ1として、2022年から、次世代風車や浮体式基礎製造・施工技術等の4つの分野を対象にプロジェクトを実施中)に加えて、システム全体として関連要素技術を統合した浮体式洋上風力発電実証事業(フェーズ2)を実施することとしています。
選定結果
秋田県南部沖
事業者名
丸紅洋上風力開発株式会社(幹事会社)
東北電力株式会社
秋田県南部沖浮体式洋上風力株式会社
ジャパン マリンユナイテッド株式会社
東亜建設工業株式会社
東京製綱繊維ロープ株式会社
関電プラント株式会社
JFEエンジニアリング株式会社
中日本航空株式会社
計画概要
・風車出力:15MW超
・基数:2基
・浮体形式:セミサブ浮体
愛知県田原市・豊橋市沖
事業者名
株式会社シーテック(幹事会社)
日立造船株式会社
鹿島建設株式会社
株式会社北拓
株式会社商船三井
計画概要
・風車出力:15MW超
・基数:1基
・浮体形式:セミサブ浮体
引用 経済産業省ニュースリリース
https://www.meti.go.jp/press/2024/06/20240611007/20240611007.html
まとめ
浮体式洋上風力発電は、再生可能エネルギーの新たなフロンティアとして、深海域の風力資源を活用する技術です。高コストや技術的な課題は残るものの、クリーンエネルギー供給の拡大、地域経済の活性化、そして脱炭素社会の実現に向けて重要な役割を果たすと期待されています。
今後、技術革新や国際的な連携を通じて、浮体式洋上風力発電がより普及し、持続可能なエネルギー供給の柱となることが期待されます。

