企業のGHG算定におけるシナリオ分析|実践方法5ステップ

基礎知識

気候変動対策が世界的な課題となる中、企業や政府機関にとって温室効果ガス(GHG)排出量の削減は喫緊の課題となっています。
この課題に対応するため、多くの組織がGHG算定のシナリオ分析を活用しています。

シナリオ分析は、将来起こりうる様々な状況を想定し、それぞれの場合における排出量や対策の効果を予測する手法です。

本記事では、GHG算定におけるシナリオ分析の重要性と、企業が効果的にシナリオ分析を実施するための具体的な方法について解説します。

GHG算定のシナリオ分析は、企業等が排出量を予測し戦略を評価するのに有効な手段

気候変動対策が世界的な課題となる中、企業や政府機関にとって温室効果ガス(GHG)排出量の削減は喫緊の課題となっています。この課題に対応するため、多くの組織がGHG算定のシナリオ分析を活用しています。シナリオ分析は、将来起こりうる様々な状況を想定し、それぞれの場合における排出量や対策の効果を予測する手法です。
シナリオ分析が有効な理由は、気候変動に関する不確実性に対応できる点にあります。気候変動は複雑で長期的な問題であり、技術革新や政策変更、社会経済の変化など、多くの要因が絡み合っています。シナリオ分析を用いることで、これらの不確実性を考慮しつつ、様々な可能性を検討することができます。

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)がシナリオ分析を推奨している背景には、この手法が企業のレジリエンス(強靭性)を高める効果があるという認識があります。TCFDは、企業が気候変動によるリスクと機会を適切に評価し、戦略に組み込むことを求めています。シナリオ分析を通じて、企業は異なる気候変動シナリオにおける自社のビジネスモデルの持続可能性を検証し、必要に応じて戦略を調整することができます。
さらに、シナリオ分析は投資家や他のステークホルダーとのコミュニケーションツールとしても重要です。企業がどのように気候変動リスクに備え、機会を活かそうとしているかを示すことで、組織の長期的な価値創造能力に関する理解を深めることができます。

国際的な目標でも、シナリオ分析が行われている

国際的な気候変動対策の目標設定においても、シナリオ分析は重要な役割を果たしています。特に注目されているのが、1.5℃シナリオと2℃シナリオです。これらは、産業革命前と比較して地球の平均気温上昇をそれぞれ1.5℃以内、2℃以内に抑えることを目指すシナリオです。

1.5℃シナリオは、より野心的な目標で、気候変動の影響を最小限に抑えるために必要とされる厳しい対策を示しています。このシナリオでは、2050年までに世界のCO2排出量を実質ゼロにする必要があるとされています。一方、2℃シナリオは、やや緩やかな目標ですが、それでも大幅な排出削減が求められます。

両シナリオの主な違いは、必要とされる対策の緊急性と規模にあります。1.5℃シナリオでは、より早期かつ大規模な排出削減が必要とされ、エネルギーシステムの急速な転換や革新的な技術の導入が不可欠です。2℃シナリオでも大きな変革が必要ですが、時間的余裕がやや大きいと言えます。

これらの異なる目標設定にシナリオ分析が役立つ理由は、各シナリオにおける具体的な道筋を示せる点にあります。例えば、各シナリオで必要とされる再生可能エネルギーの導入量、電気自動車の普及率、森林保護の規模など、具体的な数値目標を設定することができます。また、それぞれのシナリオにおける経済的影響や社会的変化についても予測が可能です。
さらに、シナリオ分析は目標達成に向けた進捗を評価する上でも重要です。実際の排出量削減の進展を各シナリオと比較することで、現在の取り組みが十分かどうか、追加的な対策が必要かどうかを判断することができます。

企業がGHG算定で設定すべきシナリオの種類5つ


企業がGHG排出量の削減戦略を立てる際、様々なシナリオを設定し比較検討することが重要です。
以下に、GHG算定において設定すべき主要な5つのシナリオとその特徴を解説します。

シナリオ名概要主な対策検討ポイント
ベースラインシナリオ現状の事業活動や技術をそのまま継続した場合の将来のGHG排出量を予測特になし(現状維持)事業成長予測
既知の効率改善
過去の排出量トレンド
エネルギー効率向上シナリオ省エネルギー対策を積極的に実施した場合の排出削減効果を予測高効率設備導入
LED照明化
建物の断熱性向上
技術の成熟度
導入コストの推移
規制動向
事業プロセスへの影響
再エネ導入シナリオ化石燃料の使用を再生可能エネルギーに置き換えた場合の排出削減効果を予測太陽光発電導入
風力発電導入
再エネ由来電力購入
グリーン電力証書活用
再エネ価格の将来予測
補助金制度の動向
エネルギー自給率
ブランドイメージ向上
廃棄物削減シナリオ廃棄物の発生抑制、再利用、リサイクルを推進することでの排出削減効果を予測製造プロセス最適化
包装材軽量化
リユース容器導入
分別徹底
廃棄物処理費用削減
原材料コスト削減
サーキュラーエコノミー移行
長期的削減ポテンシャル
電動化シナリオ従来の燃焼機関を使用する設備や車両を電動化した場合の排出削減効果を予測社用車の電気自動車化
フォークリフトの電動化
製造ライン電動機器更新
電動化技術の将来性能
充電インフラ整備状況
規制強化予測
副次的効果(騒音低減等)

基準となる「ベースラインシナリオ」

ベースラインシナリオは、現状の事業活動や技術をそのまま継続した場合の将来のGHG排出量を予測するものです。このシナリオは、他の削減シナリオと比較する際の基準点となるため、極めて重要です。

ベースラインシナリオを作成する際は、過去の排出量データをもとに、事業の成長予測や既知の効率改善を考慮しつつ、将来の排出量を推計します。例えば、生産量の増加に伴う排出量の自然増や、既に計画されている省エネ対策の効果などを織り込みます。

このシナリオは、企業が何も追加的な対策を講じなかった場合の「なりゆき」の姿を示すものであり、削減対策の効果を定量的に評価する上で不可欠です。また、ベースラインシナリオと実際の排出量を比較することで、既存の取り組みの効果を検証することもできます。

エネルギー効率向上シナリオ

エネルギー効率向上シナリオは、省エネルギー対策を積極的に実施した場合の排出削減効果を予測するものです。このシナリオでは、高効率設備の導入、照明のLED化、建物の断熱性向上など、様々な省エネ施策を想定します。

具体的には、各種の省エネ技術の導入による削減効果を積み上げ、その総和をベースラインシナリオから差し引くことで、削減後の排出量を算出します。同時に、これらの対策に必要な投資額や運用コストの変化、エネルギー費用の削減額なども試算します。

このシナリオの作成にあたっては、技術の成熟度や導入コストの推移、規制動向なども考慮に入れる必要があります。例えば、LED照明の価格低下傾向や、建築物の省エネ基準の強化なども反映させます。
さらに、エネルギー効率向上の取り組みが事業プロセスや製品品質に与える影響も検討し、実現可能性を慎重に評価することが重要です。

再エネ導入シナリオ

再生可能エネルギー導入シナリオは、化石燃料の使用を再生可能エネルギーに置き換えた場合の排出削減効果を予測するものです。このシナリオには、太陽光発電や風力発電などの自社設備の導入、再エネ由来の電力購入、グリーン電力証書の活用などが含まれます。

シナリオ作成では、まず自社の電力消費量や化石燃料使用量を分析し、再エネへの置き換え可能性を評価します。
次に、各再エネ源の導入量や調達量を段階的に増やしていくケースを想定し、それぞれの場合における排出削減量を算出します。
同時に、再エネ導入に伴うコストも詳細に試算します。
これには、設備投資額、運用・保守費用、再エネ電力の購入コストなどが含まれます。また、再エネ価格の将来予測や、補助金制度の動向なども考慮に入れます。

さらに、再エネ導入による副次的効果(例:エネルギー自給率の向上、ブランドイメージの向上)も評価し、総合的な判断材料とします。

廃棄物削減シナリオ

廃棄物削減シナリオは、廃棄物の発生抑制、再利用、リサイクルを推進することで、廃棄物処理に伴うGHG排出量を削減する効果を予測するものです。

このシナリオでは、まず現状の廃棄物発生量と処理方法を分析し、それに伴うGHG排出量を算出します。次に、廃棄物削減とリサイクル率向上の目標を設定し、それらを達成した場合の排出削減効果を試算します。

具体的な対策としては、製造プロセスの最適化による原材料ロスの削減、包装材の軽量化、リユース可能な容器の導入、分別の徹底によるリサイクル率の向上などが考えられます。これらの対策ごとに、削減可能な廃棄物量と、それに伴うGHG排出削減量を見積もります。
同時に、廃棄物削減対策の実施コストと、廃棄物処理費用の削減額を試算します。また、資源の有効利用による原材料コストの削減効果なども考慮に入れます。

さらに、サーキュラーエコノミーへの移行など、より長期的な視点での廃棄物削減戦略も検討し、そのGHG削減ポテンシャルを評価することも重要です。

電動化シナリオ

電動化シナリオは、従来の燃焼機関を使用する設備や車両を電動化した場合のGHG排出削減効果を予測するものです。このシナリオは、運輸部門や製造プロセスにおける大幅な排出削減を可能にする重要な戦略です。
シナリオ作成にあたっては、まず現在使用している燃焼機関設備や車両の種類、数量、使用頻度、燃料消費量を分析します。

次に、これらを段階的に電動化していく計画を立て、各段階での排出削減効果を試算します。
例えば、社用車の電気自動車への切り替え、フォークリフトの電動化、製造ラインの電動機器への更新などが考えられます。それぞれの電動化による直接的な排出削減効果に加え、電力由来の間接排出量の変化も考慮に入れます。

また、電動化に伴う初期投資コスト、運用コストの変化(燃料費の削減と電気代の増加)、メンテナンスコストの変化なども詳細に試算します。さらに、電動化技術の将来的な性能向上や価格低下のトレンド、充電インフラの整備状況なども考慮に入れます。
加えて、電動化による副次的効果(例:騒音低減、作業環境の改善)も評価し、総合的な判断材料とします。また、将来的な規制強化(例:ガソリン車の販売禁止)なども視野に入れ、長期的な電動化戦略を検討することが重要です。

これらの5つのシナリオを比較検討することで、企業は自社の状況に最適な排出削減戦略を策定し、効果的かつ効率的なGHG排出削減を実現することができます。

企業がGHG算定においてシナリオ分析を行う方法5STEP


企業がGHG排出量の削減に向けてシナリオ分析を実施する際、体系的なアプローチが重要です。効果的なシナリオ分析を行うための5つのステップを以下に詳しく解説します。

STEP1:算定に必要なデータを収集する

まず、STEP1では算定に必要なデータを収集します。シナリオ分析の基礎となる正確かつ包括的なデータ収集が不可欠です。燃料使用量、電力消費量、製造プロセスデータ、輸送データ、廃棄物データ、冷媒使用量などの情報を網羅的に集めます。過去数年分のデータを収集してトレンドを把握し、将来の事業計画も考慮に入れることが重要です

STEP2:シナリオを複数設定する

STEP2では、収集したデータをもとに複数のシナリオを設定します。ベースラインシナリオを基準とし、エネルギー効率向上、再生可能エネルギー導入、廃棄物削減、電動化など、様々な対策を想定したシナリオを作成します。各シナリオには具体的な目標値や段階的な実施計画を含め、外部環境の変化も考慮します。

STEP3:シナリオを分析する

STEP3では、設定した各シナリオについて詳細な分析を行います。GHG排出量の削減効果、必要な投資額、運用コストの変化などを具体的に試算します。技術効果の評価、GHG排出量の計算、コスト分析、リスク評価、副次的効果の検討などを行い、多角的な視点から各シナリオを分析します。

STEP4:シナリオの効果を比較・評価して戦略を立てる

STEP4では、分析結果を比較・評価して最適な戦略を選択します。GHG排出削減量だけでなく、費用対効果、実現可能性、リスク、長期的な事業戦略との整合性など、多面的な評価を行います。定量的評価、定性的評価、リスク評価、長期的視点での評価を総合的に判断し、最適なシナリオを選択して詳細な戦略を策定します。

STEP5:戦略を実施し、効果を測定・報告する

最後のSTEP5では、選択した戦略を実施し、その効果を測定・報告します。計画に基づいて対策を実行し、定期的にGHG排出量を算定して削減効果を評価します。分析結果をもとに年次の進捗報告書を作成し、情報を公開します。また、測定結果や外部環境の変化を踏まえて戦略を適宜見直し、ステークホルダーとの対話を通じて取り組みを継続的に改善していきます。

このプロセスを継続的に実施することで、GHG排出削減の取り組みを着実に進展させ、企業の持続可能性を高めることができます。また、透明性の高い情報開示は、企業の信頼性向上やESG投資の呼び込みにも寄与します。

まとめ

GHG算定におけるシナリオ分析は、企業が気候変動リスクに備え、持続可能な経営戦略を立てる上で不可欠なツールとなっています。

ベースラインシナリオを基準に、エネルギー効率向上、再生可能エネルギー導入、廃棄物削減、電動化など、様々な対策を想定したシナリオを比較検討することで、最適な排出削減戦略を策定することができます。効果的なシナリオ分析の実施には、データ収集、シナリオ設定、分析、評価、実施と報告という5つのステップを体系的に進めることが重要です。

このプロセスを継続的に実施し、定期的に見直すことで、企業は気候変動対策を着実に進展させ、長期的な持続可能性を高めることができるでしょう。

https://www.env.go.jp/content/000118048.pdf
https://www.env.go.jp/content/000118050.pdf
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/pdf/001_05_00.pdf

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