【最新解説】欧州グリーン・ディールとは?その目的と影響を徹底解説

2023年2月、欧州委員会(EC)は、欧州グリーン・ディール産業計画を発表しました。この計画は、欧州のネットゼロ産業を育成し、競争力を強化することを目的としており、エネルギー集約型産業の近代化や脱炭素化、二酸化炭素回収・貯留(CCS)を含む気候目標達成に向けた戦略的プロジェクトの支援、農業や畜産業などのEffort Sharing Regulation(ESR)対象部門における排出削減目標などが盛り込まれています。また、エネルギー危機や国際競争力の課題に対応するだけの政策でなく、欧州グリーン・ディール全体の進展を加速させるためのものとして位置づけられました。
このように、EU域内の活動や発展に多大な影響を与える法令や制度の根幹には、今回取り上げる欧州グリーン・ディールが挙げられます。
そこで本コンテンツでは、欧州グリーン・ディールに関する理解を深めるにあたり、まずは本成長戦略の概要を捉え、その後に具体的な戦略の内容を確認していきます。そして、最後にグリーン・ディールが対外的に及ぼす影響について紹介していきます。
欧州グリーン・ディール(EGD)の概要について
2019年12月11日、ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が率いるECにより、雇用を創出しながら排出量の削減を促進するためのEUの新しい成長戦略として欧州グリーン・ディール(European Green Deal)は策定されました。この戦略を実行する行程においては、人々の幸福と健康の向上を目的とし、欧州でGHG排出を実質ゼロにする気候中立を実現して動植物の生息環境を守ることが目指されています。そのためには、脱炭素と経済成長の両立が求められており、欧州グリーン・ディールは特に、運輸、エネルギー、農業、建物など経済の全ての分野と、鉄鋼、セメント、繊維および化学などの産業を網羅する形で、様々な法制化や行動計画が進められています(※1)。
欧州グリーン・ディールの主な提案内容とタイムライン
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■ 2020年3月:
2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロとする気候中立(Climate neutrality)目標を法的に位置づける「欧州気候法」を提出する。
(※2020年3月4日法案提出、9月17日改正案提出済)
■ 2020年夏まで:
2030年までの温室効果ガスの排出削減目標を現在の40%減から50%減に引上げた上で、さらに55%を目指す計画を提案する。
(※2020年12月11日欧州理事会55%削減で合意)
■ 2021年6月まで:
EU-ETS指令、努力分担規則、土地利用・土地利用変化及び林業(LULUCF)規則、エネルギー効率指令、再生可能エネルギー指令、自動車のCO2排出規則に関する立法措置の改正案を提出する。
EU-ETSについては、新たなセクターへの対象拡大、削減義務率の引上げ、無償割当の削減等が含まれる。
■ 2021年6月まで:
エネルギー税制指令の改正案を提出する。また、欧州議会と欧州理事会が、全会一致でなく、通常の多数決による立法手続きを通じてこの提案を採択することを提案する。
■ 2021年:
特定のセクターに対して、製品の輸入価格に炭素含有量をより正確に反映するため、WTOルール等に整合した、「炭素国境調整措置(Carbon border adjustment mechanism)」を提案する。
この仕組みは、EU-ETSの炭素リーケージのリスクに対処する手段となる。
■ 2020年1月:
「公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism)」を提案する。提案には再訓練や雇用機会へのアクセスを提供するための「公正な移行基金」や「持続可能な欧州に向けた投資計画」が含まれる。
(※2020年1月14日提出、5月28日改正案提出、12月11日欧州理事会が合意)
■ 2020年3月に、「グリーンとデジタルの変革」に取組むため、EU産業戦略を策定する。
(※2020年3月10日提出済)
環境省:「中間的な整理」以降の国内外の動きより、一部引用、改変
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このように欧州グリーン・ディールの一環としてEUの取り組みが示された行程表の中には、①クリーンであり、②循環型経済への移行による資源の効率的な利用を増加させ、③気候変動を食い止め、④生物多様性の喪失を逆転させ、⑤汚染を減らすための提案が数多く盛り込まれています
欧州連合日本政府代表部:EU情勢概要(2020年2月)
© https://www.eu.emb-japan.go.jp/files/100012641.pdf
そもそも、これらの法制化や行動計画の策定は、EU内の経済成長と雇用拡大、脱炭素やエネルギー効率向上などの環境分野の取り組みの強化のために推し進められており、EUの成長戦略の一部としても考えられています。
欧州グリーン・ディールに関連する政策(計画)とEUが掲げる成長戦略
タイムライン | 概要 |
2000年 | リスボン戦略の策定 |
2010年 | 欧州2020戦略の策定 |
2019年 | 欧州グリーン・ディール戦略の策定 |
2021年 | Fit for 55の策定 (2030年のGHGの削減目標を、1990年比で少なくとも55%削減を達成するための政策。欧州グリーン・ディールを具体化するための一連の法案改正を提案したものとなっている。) |
2022年 | REPowerEU政策の策定 (ロシア産の化石燃料への依存を減らすと同時に、クリーンエネルギーへの移行を早急に進めるための政策。化石燃料供給源の変更、再生可能エネルギーの強化、グリーン水素戦略の加速の3項目から構成されている。) |
2023年 | 欧州グリーン・ディール産業計画の策定 (欧州グリーン・ディールの一環として、再エネの整備加速に向けたネットゼロ技術の域内生産の強化と、ネットゼロ技術やその原材料の供給元の多角化を目指すものとなっている。) |
(※1)2050年を見据えたEU全体の気候変動目標に関連する取り組みは、以下の通りです。
環境省:参考資料1 諸外国における再生可能エネルギー等の温暖化・エネルギーに関連する最新動向調査結果
© https://www.env.go.jp/content/000137755.pdf?utm_source=chatgpt.com
欧州グリーン・ディールの内容を示す3本の柱について
欧州グリーン・ディールは、2050年までにGHG排出が実質ゼロの状態を目指すにあたり、誰も、どの地域も取り残さないようにしながら、経済成長と資源利用の切り離すことを目標として掲げています。そして、地球規模の気候変動や環境破壊という課題に対処するため以下の3本の柱(※2)を統合的に進めることで、持続可能な未来の構築を目指しています。
第1の柱:気候中立の達成
2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする気候中立の達成は、欧州グリーン・ディールの中でも最も重要な目標となっています。そのため、目標達成に向けて短期的なマイルストーンとして、2030年までに1990年比で50~55%の排出削減を目指しています。気候中立に向けた取り組みは、技術革新やエネルギーインフラへの多額の投資を必要としながらも、同時に新たな雇用機会を創出し、経済成長を促進することが期待されています。
<主な取り組み(例)>
- エネルギー供給の脱炭素化:石炭廃止、再生可能エネルギーの拡大、エネルギー効率化の推進。
- 輸送部門のゼロエミッション化:2035年以降、ゼロエミッション車両の新車販売義務化。航空や海運分野でも持続可能な燃料(SAF)の使用を義務化。
- 政策の法的枠組み:欧州気候法の制定により、加盟国全体での一貫した目標達成を促進。
第2の柱:循環型経済(サーキュラーエコノミー)への移行
循環型経済は、資源の持続可能な利用を推進し、廃棄物削減と経済成長の分離を目指す新しい経済モデルとなっています。従来の線形経済(リニアエコノミー)からこの循環型経済への移行は、環境負荷を最小限に抑えつつ、持続可能な経済基盤を構築するための鍵となっており、産業、農業、食品システム、生物多様性保全など、現在では幅広い分野にまたがって浸透し始めている状況です。
<主な取り組み(例)>
- 製品設計とリサイクルの推進:廃棄物削減のため、製品設計段階でリサイクル可能性を向上させる仕組みを導入。
- エネルギー集約型産業の脱炭素化:鉄鋼、セメント、化学産業などでの炭素回収・貯留(CCS)技術や水素エネルギーの利用。
- 持続可能な農業と食品システム:農薬と化学肥料の削減、有機農業の普及、食品廃棄物の削減を推進。
- 生物多様性の保全:森林再生や海洋保護区の拡大、自然資本を経済活動に反映。
第3の柱:公正で持続可能な移行
欧州グリーン・ディールの成功には、移行によって影響を受ける地域や労働者への支援が不可欠であると考えられています。そのため、公正で包摂的な移行を実現するための仕組みが、この柱の中心です。これらの取り組みにより、移行過程で発生する不平等を最小化し、社会全体を巻き込む包摂的な変革を目指しています。
<主な取り組み(例)>
- 公正移行基金(Just Transition Fund):化石燃料依存地域での経済多様化を支援し、新産業や雇用機会を創出。
- 職業訓練とスキル向上:再教育プログラムを通じて、労働者が新たな分野に移行できるよう支援。
- グリーン投資の拡大:持続可能な欧州投資計画(年間2600億ユーロ規模)やグリーンボンド発行を通じた資金調達。
- 国際連携:炭素国境調整措置(CBAM)を導入し、域外からの高炭素製品を規制するとともに、途上国への技術移転や資金援助を実施。
(※2)ここでの分類は、欧州グリーン・ディールの中で定義されたものではなく、ECにより発表された公式文書や各種政策の内容をもとに、筆者が主要な政策領域を包括的に整理したものになります。
欧州グリーン・ディールが対外的に及ぼす影響について
欧州グリーン・ディールは、エネルギー転換や産業構造の変革、社会的公平性の確保といった多岐にわたる分野で、EU内外で大きな影響を与えることが予想されます。しかし、その中でも特に重要な要素として、エネルギー供給の変革と炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入が考えられます。
エネルギー供給の変革による影響
欧州グリーン・ディールでは、エネルギー分野の脱炭素化が最優先事項とされており、再生可能エネルギーの利用拡大が大きな柱となっています。具体的には、2030年までに最終エネルギー消費の40%を再生可能エネルギーで賄うことが目標として掲げられています。それに加え、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに策定された「REPowerEU」政策では、エネルギー安全保障を強化しつつ、ロシア産化石燃料からの依存を段階的に減らす方針が明確化されました。この政策は、エネルギー供給源の多様化、再生可能エネルギーの拡大、グリーン水素の普及などを通じてエネルギー転換を加速させることを目的としています。
これらの状況からも明らかなように、欧州グリーン・ディールの成功は、エネルギー転換の進展に大きく依存しています。石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料の輸入削減は、EU域内のGHG排出量を削減する直接的な効果を持つだけでなく、エネルギー価格の安定化や産業競争力の向上にも寄与するためです。さらに、再生可能エネルギーとグリーン水素の普及は、化石燃料の輸入に依存していた経済構造を変革し、より持続可能な経済モデルを確立するための基盤を築いていくことが期待されます。また、その影響を受け、EUだけではなく、化石燃料を輸出している国々にも大きな影響を及ぶことが想定されます。特に、ロシアや中東、北アフリカ、中央アジアなどの国々では、化石燃料輸出の縮小が見込まれたり、その他再生可能エネルギー技術の拡大に伴い、新たな国際競争が生じたりすることが考えられています。
CBAMの導入による影響
CBAMは2023年10月1日から移行期間に入り、2026年から本格適用される予定となっています。この制度では、鉄鋼、セメント、アルミニウム、肥料、電力といったGHG排出量の多い製品が対象となり、EUに輸入される際に炭素排出量に応じたコストが課されます。つまりこの仕組みは、EU域内の産業が炭素排出削減のためにかけるコストを守り、他国との競争力を維持し、カーボンリーケージ(※3)を防ぐ設計となっていることがわかります。したがって、EU域内では産業界に対して炭素排出削減を求める強いインセンティブを提供し、クリーン技術や再生可能エネルギーの導入を加速させる効果がありますが、一方で国際的な観点からは、EUと貿易関係にある国々に炭素排出削減を迫る間接的な圧力を生み出している状況です。実際に2021年にはブラジル、インド、南アフリカ、中国が共同声明でCBAMについて「差別的で不公正である」と批判しており、国際貿易における新たな摩擦を引き起こす可能性がある制度として懸念されています。そのため、EUはCBAMの実施にあたり、法的整合性を確保するとともに、国際的な支持を得るための外交努力が求められています。
(※3)企業が、環境規制の緩い国に生産を移転し、域外でのGHG排出が増加すること。
まとめ
本コンテンツでは、欧州グリーン・ディールとその周辺知識の理解を深めるために、戦略の行程表を確認しながら、具体的な取り組み内容や欧州グリーン・ディールが対外的に及ぼす影響についてお伝えしてきました。
欧州グリーン・ディールは、単なる環境政策ではなく、新しい経済成長モデルとしての役割も果たしています。そのため一連の取り組みは、エネルギーの安全保障と経済競争力、社会的公平性を同時に追求するものであり、EUを持続可能で包括的な未来へと導き、またその波及効果が世界全体にも及ぶことが期待されます。
本コンテンツ、並びにCO2排出量の算定に関しご質問がございましたら、弊社までお問い合わせ下さい。

