マスバランス方式とは?サプライチェーンでの脱炭素化を促進する手法を解説

CO2削減

2024年の8月、デンマークの玩具メーカーとして有名なLEGO社が、長期的な原料の供給を確保するために、現在自社が代表的なブロックの製造に使用している化石燃料を再生可能プラスチックやリサイクル・プラスチックに置き換えるための準備を生産者との間で進めていることを発表しました。

このような取り組みの背景には、ブロックに含まれる石油の含有量の削減が狙いとして挙げられており、その一環として、ブロックの製造に使用される再生可能樹脂がマスバランス方式に従って認証されるための取り組みも進められています。また、2023年10月にも、スウェーデンのIKEAとPerstorp、デンマークのLEGOグループが、マスバランスの定義についての共同の立場を表明する書簡を欧州委員会に送り、共有したと発表しされています。

このように、昨今の環境問題、とりわけカーボンニュートラル社会への移行に向けて、「マスバランス方式」は注目されるキーワードの一つとなっています。別名「マスバランスアプローチ」、「物質収支方式」とも呼ばれるこの手法は、再生可能な資源を迅速に普及させるための重要な手段となり得ることが期待されています。

そこで本コンテンツでは、マスバランス方式に関する理解を深めるために、マスバランス方式の概要やこの手法のメリットやデメリット、日本企業のマスバランス方式の採用事例を中心に解説していきます。

マスバランス方式の概要について

環境省のHPの中で、マスバランス方式については、特性の異なる原料が混合される場合に、ある特性を持つ原料の投入量に応じて生産する製品の一部にその特性を割り当てる手法と定義されています。そこで、まずはマスバランス方式の概要を把握するために、簡単な事例を用いて紹介します。

例)
前提:再生可能な「バイオマス原料A」30トンと、「化石原料B」70トンを混合した製品を作る。

マスバランス方式を適応しない場合は、2つの原料を混合した結果、「バイオマス原料A」を30%含む製品が100トン分完成します。

<マスバランス方式を適応しない場合>

バイオマス原料A30トン
化石原料B70トン
完成する製品「バイオマス原料A」30%、「化石原料B」70%で構成される製品100トン

一方でマスバランス方式を用いると、出来上がった製品100トンのうち、30トン分(=全体の30%)の製品を「バイオマス原料A」100%の製品とみなすことが可能です。また、残り70トン分(=全体の70%)の製品についても同様に、「化石原料B」100%の製品とみなすことが出来るようなります。

<マスバランス方式を適応する場合>

バイオマス原料A30トン
化石原料B70トン
完成する商品「バイオマス原料A」100%で構成される製品30トン
「化石原料B」100%で構成される製品70トン

このようにマスバランス方式は、環境に配慮した原料の使用促進に有効な手段として、これまでバイオ燃料やパーム油、紙の認証等の持続可能性の確認のために活用されてきました。因みに、このように原料から製品までの一連の加工・流通を表すサプライチェーンは「Chain of Custody」と呼ばれており、下図に示す4つのモデルが存在します。マスバランス方式はこのうちの1つとなっており、元来用いていた原料を一気に環境に配慮した原料に置き換えることが難しい状況下においても、製品の付加価値を生み出しやすくすることがメリットの一つとされています。

環境省:マスバランス方式に関する国内外の状況等(2023年6月)
© https://www.env.go.jp/content/000143869.pdf

既に、紙製品におけるFSC認証(※1)やパーム油のRSPO認証(※2)、カカオ豆のフェアトレード認証(※3)などでも採用されているこのマスバランス方式ですが、近年においては特に化学業界で注目を集めており、サーキュラーエコノミー(※4)への移行に向けた有効な手段として、本手法を導入する企業が増加している状況です。

マスバランス方式の動向としては、ヨーロッパを中心に積極的な取り組みが進められてきました。その背景としては、元来サーキュラーエコノミー自体が欧州委員会により、2015年12月、2030年に向けた成長戦略の核になる政策パッケージとして、大量生産・大量消費・大量廃棄が一方向に進むリニアエコノミー(線形経済)に代わるものとして承認されました。

そのため、ヨーロッパの中では、サーキュラーエコノミーの実現に向け、2019年以降、循環経済の推進を目指すエレンマッカーサー財団によるマスバランス方式の適用を支持する意見書が発表されたり、欧州プラスチック製造業組織のPlastics Europeや欧州化学産業協議会のCEFiCによりこの方式の有用性が認められてきたりした、という流れになります。

そのような中で日本政府は、2019年5月に「プラスチック資源循環戦略」を打ち出し、2030年までに、

● プラスチックの再生利用を倍増させること
● 約200万トンのバイオマスプラスチックを導入すること

などを目標に掲げています。更に2021年には、バイオプラスチック導入のロードマップにて、マスバランス方式を検討する方針を提示しています。

環境省:マスバランス方式に関する国内外の状況等(2023年6月)
© https://www.env.go.jp/content/000143869.pdf

では、なぜいま、脱炭素社会の実現に向けてマスバランス方式に注目が集まっているのでしょうか。先ほどもお伝えしたように、近年においては特に化学業界でマスバランス方式の積極的な採用が検討されています。その理由としては、他の業界に比べ化学業界は複雑な原料体系やサプライチェーンを持っているケースが多く、スピード感を持って個々の製品を実質的に100%バイオマス由来に仕上げることが難しいとされてきたためです。

マスバランス方式を用いることで、今まで課題とされてきた製品の完全なバイオマス化は難しいとしても、業界全体、延いては社会全体として迅速にバイオマスの割合を高めていくことが可能になると見込まれています。その結果、サステナブルな製品の利用範囲が大幅に拡大し、環境負荷を軽減する観点からカーボンニュートラルな社会の実現に、経済性の観点からサーキュラーエコノミーへの移行に、大きく寄与することが期待されています。

(※1)環境、社会、経済の便益に適い、きちんと管理された森林から生産された林産物や、その他のリスクの低い林産物を使用した製品を目に見える形で消費者に届ける仕組み。認証は自主的なものであり、認定された独立した第三者認証機関による審査の後、規格を満たしたと判断された場合に発行される。
(※2)国際NPO「Roundtable on Sustainable Palm Oil(持続可能なパーム油のための円卓会議)」による認証制度で、持続可能なパーム油の生産と利用を促進するための仕組み。
(※3)国際フェアトレードラベル機構「Fairtrade International」が定める経済的・社会的・環境的な基準をクリアした原料や製品に与えられる認証制度で、持続可能な生産と公正な貿易により、貧困のない持続可能な社会の実現を目指すことを目的とする仕組み。
(※4)循環型社会。サーキュラーエコノミ―に関する詳細は、「脱炭素社会の実現に向けてサーキュラーエコノミーが担う役割と概要について解説」をご確認下さい。

 

マスバランス方式のメリット/デメリットについて

ここからは、マスバランス方式の特徴について、メリット/デメリットの両側面から確認していきます。

まず、主なメリットは以下の4つです。

① 再生可能な原料の使用を促進することで、CO2の削減に貢献することができる
② 実質の含有量とは関係なく、100%再生可能・認証原料由来の製品として提供することができる
③ 既存の設備をそのまま利用することができるため、大規模な設備投資が不要となっており、製品の性能も従来のものから大きく変えることなく製造することが可能である
④ 第三者認証を受けることにより、サプライチェーンの信頼性が高まり、その結果としてサプライチェーンそのものも強化される

本来、マスバランス方式を導入する上で達成すべき一番の目的としては、自社の製品製造の過程において、環境に配慮した原料の使用を増やすことにあります。このような場合、一般的には大掛かりな設備投資や品質管理の変更等で、企業側にも消費者側にとってもコストアップのデメリットが生じます。しかし、マスバランス方式における生産活動は、上述のように、そこまで多くの追加コストを必要とせずとも、サステナブルに切り替えることが可能となります。加えて、国際的な権威を有する第三者認証を受けることになるため、企業としての信頼性も高まり、製品の安全性や質が担保されることで消費者にとってもメリットが生じることがポイントです。

次に、主なデメリットは以下の4つです。

❶ バイオマス原料自体の安定した調達が難しい
❷ 従来の化石資源よりも、原料コストが高い
❸ 認証制度を構築する必要がある
❹ 消費者のマスバランス方式へのリテラシーを高めることが必要である

バイオマス原料の需要は世界全体を見ても高まっていますが、需要に対し供給が追いついていないのが現状です。そのため、企業としては本手法を導入しても、バイオマス原料そのものを安定して調達できない可能性があります。実際に、例えばパーム油のケースにおいては、マスバランス方式は持続可能な調達手段としては位置づけられておらず、特定の仕入れ先から100%再生可能・認証原料由来を調達するIP(※5)という手法が理想的であると言われています。また、マスバランス方式を用いた場合、製品の表記と実質の含有量が異なることから、消費者のリテラシー次第では製品に対する誤解を与える可能性も考慮しなければならない点が課題として挙げられます。

(※5)アイデンティティ・プリザーブドの略。認証された単独の農園から最終製品製造者に至るまで、完全に他のパーム油と隔離されて受け渡される認証モデル。認証油を生産した農園を特定することが可能である。

日本企業のマスバランス方式の採用事例について

冒頭でもお伝えしたように、ヨーロッパを拠点とする企業では積極的なマスバランス方式の採用に関する取り組みが行われています。加えて、昨今注目を集めている化学業界においても、この動きは活発化しています。例えば総合化学メーカーとして世界でも有名なドイツのBASFが、バイオマスとリサイクル原料を活用する取り組みを進めていたり、化学製品のグローバルカンパニーとしてヨーロッパでも活動を広げる、サウジアラビアのSABICも化学リサイクルの推進にマスバランス方式を導入したりしている状況です。

そのような中で、日本においても、マスバランス方式を採用して生産活動を行う企業は増えてきています。ここでは、化学業界、食品業界、鉄鋼業界の3つの業界からそれぞれの事例を紹介します。

<化学業界>
事例:三井化学株式会社
2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて、フィンランドの世界有数のバイオマス燃料の製造会社であるNeste社及び豊田通商株式会社と、2021年5月にバイオマスナフサの調達に関する売買契約を締結し、日本で初めてバイオマスナフサを原料として投入しています。その際に、マスバランス方式によるバイオマスナフサを原料としたフェノールなどのバイオマス化学品やポリオレフィンをはじめとしたバイオマスプラスチックの製造やマーケティング活動を開始しています。

参照:Mitsui Chemicals(プライムポリマー、日本で初めてバイオマスPPを商業生産・出荷、他)

<食品業界>
事例:カルビー株式会社
2022年にすべての国内工場を対象に、従来のB&C方式による国内工場の使用量相当を認証クレジットで購入する方法から、マスバランス方式の認証パーム油へ切り替えを行っています。主に生産のフライ工程などの調理油として年間約4万トンのパーム油を調達しており、今後の目標としては「2030年までに認証パーム油100%使用」を目標に掲げ、取り組みを進めています。

参照:Calbee(環境と人権を尊重した責任ある調達、カルビーグループが主力商品へのRSPO認証マーク表示を開始
持続可能な原料調達への取り組みを加速、他)

<鉄鋼業界>
事例:株式会社神戸製鋼所
2章のマスバランス方式のデメリットの中でもお伝えしたように、原料コストは割高ではあるものの、通常の鋼材から置き換えることによって、CO2排出量の削減とビジネスチャンスに繋げた事例です。鉄鋼の製造工程において、鉄鉱石の一部を既に還元済みの鉄鋼原料であるHBI(Hot Briquetted Iron)に置き換える事で使用するコークスを減らし、CO2排出量の削減に成功させました。原料に用いた還元鉄は通常の鋼材に比べて2-3倍程の価格となるため、トータルではコストアップに繋がる面もありますが、東京・豊洲の大型開発などでの使用も決まり、マスバランス方式の積極的な活用によって新たなビジネスチャンスが生まれています。

参照:KOBELCO(プレスリリース:国内初 低CO₂高炉鋼材“Kobenable Steel”の商品化について、他)

まとめ

本コンテンツでは、マスバランス方式の概要や昨今の社会全体の動向、メリットやデメリットといった手法の特徴、日本を中心に国内外の企業のマスバランス方式の採用事例について解説してきました。

マスバランス方式は、迅速に社会全体のバイオマスの普及率を高め、カーボンニュートラルな社会を実現するためだけでなく、リサイクル製品の活用領域を広げてサーキュラーエコノミーの社会につなげていく上でも重要な手法となります。そのため、1章でもお伝えしたように、今回のマスバランス方式の理解を深めるにあたってお時間のある方は、是非「脱炭素社会の実現に向けてサーキュラーエコノミーが担う役割と概要について解説」もお読み頂き、サーキュラーエコノミーに関する理解も併せて深めていただけると幸いです。

本コンテンツ、並びにCO2排出量の算定に関しご質問がございましたら、弊社までお問い合わせ下さい。

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