未来を拓く脱炭素経営とは何か?日本国内の最新事例まで解説
「これからの企業経営は、気候変動対策を考慮した脱炭素経営へのシフトが求められる。」
昨今では、ESG・サステナビリティ経営を目指す上で、このようなメッセージを度々見かける機会が増えたのではないでしょうか。
気候変動対策の視点を織り込んだ企業経営を意味する脱炭素経営ですが、企業が経営上の重要課題としてこれらを意識するようになって数年が経過し、多くの企業が自社にとってどのような形で脱炭素経営が実現できるのかを模索し始めました。
そこで本コンテンツでは、気候変動対策を考慮した脱炭素経営の実態をふまえ、現実的にどのような取り組みが進んでいるのか、環境省の実施モデル事業として選ばれている事例や、中堅・中小企業に向けた自治体の取り組みを通じてご紹介します。
皆様の、脱炭素経営に関する理解を深める一助となれば幸いです。
環境省:パンフレット「脱炭素経営で未来を拓こう」
©https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/guide/chusho_datsutansokeiei_pamphlet.pdf
気候変動対策を考慮した脱炭素経営の実態とは
脱炭素経営を考える上でまず押さえるべきポイントとしては、「企業経営と気候変動対策の関係の変化」にあります。従来は、気候変動対策といえば、CSRや環境関連部門が行っていた限られた業務、かつ企業にとってはコストとなり得る取り組みという位置付けにありました。しかし昨今では、企業価値や事業収益の向上、資金調達の局面においても気候変動対策の影響が及ぶようになり、企業経営を行う者にとって、気候変動対策はビジネス上欠かせない取り組みとしてシフトしていきました。実際に、大企業や金融機関を中心に、ESG経営に取り組む専門部署の設置や、外部から有識者を招聘する動きが活発に見られている状況です。但し、以下の図表からもわかるように、ESG投資を推進するための部署を設置した場合であっても全員が他部署との兼務、そもそも専門部署・チームが無い、ESG専門人材(※1)はいないなど、一部の企業においては、ESG投資を行うための実効的な体制整備が必要な事例が存在するのも事実です。
【調査概要】
金融庁が2021年、37の資産運用会社を対象に、ESG投信の状況について調査を実施。
【結果】
調査対象全体の70%の割合を占める26社の資産運用会社がESG専門部署またはESG専門チームを社内に設置しているものの、ESG専門人材が0人の企業が38%存在している。
金融庁:ESG関連公募投資信託を巡る状況(2022年4月)を元に作成
金融庁:ESG関連公募投資信託を巡る状況(2022年4月)を元に作成
同様に、2023年に日経BPコンサルティング調査部が行なった「ESG経営への取り組み状況調査」においても同様の傾向が見られます。調査対象群の中でも少しずつ気候変動対策への意識が高まっていることが伺える一方、専門性を持った人員の確保やリソース不足、全社からの理解が得にくい点などに課題が偏っている状況が見られています。
また、これらのデータを売上規模といった別の切り口からその傾向を確認すると、売上規模が3000億円を超える企業ではサステナビリティ推進の担当部署の設置率は90%、ESG推進の担当部署の設置率は76%と高く、売上規模の大きな企業ほど設置率が高い傾向が読み取れます。
つまり、冒頭で掲げた「企業経営と気候変動対策の関係の変化」について、売上規模の大きな企業ほど「企業経営」と「気候変動対策」は密接な関係になりつつあることがわかります。まだまだ課題は多いものの、今後も少しずつ社内の資本を投下し、多くの企業が気候変動対策を考慮した脱炭素経営に向けて引き続きシフトしていく時期に差し掛かることが想定されます。
(※1)ESG専門人材とは、業務時間の90%以上をESGに関連する業務に費やしている人材と定義しています。
(※2)回答企業の57.6%は東証プライム上場、32.6%はスタンダード上場企業となっています。
脱炭素経営の実現に向けて取り組むべきこととは
環境省が2024年4月に発表した、「企業の脱炭素化に向けた環境省の取組」にもあるように、脱炭素経営とは、気候変動対策(≒脱炭素)の視点を織り込んだ企業経営を表しています。従来はCSR(Corporate Social Responsibility, 企業の社会的責任)活動の一環として行われることが多く、コスト負担につながる活動と認識されることが一般的であった気候変動対策ですが、近年では企業経営のアジェンダ(重要課題)となっており、全社を挙げて取り組む企業が増加しています。
従来 | 現在 | |
気候変動対策の位置付け | CSR活動の一環 コスト増加 | 企業経営上の重要課題 リスク低減 成長の機会(未来への投資) |
推進部署 | 環境部・CSR担当 | サステナビリティ推進部・ESG推進部 |
環境省:TCFDを活用した経営戦略立案のススメ ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイドver3.0~
© https://www.env.go.jp/content/900498783.pdf
そこで、ここからは令和5年度の環境省の実施モデル事業として選ばれている事例をふまえてご紹介します。環境省が発表した、令和5年度の実施モデル事業には、合計5つの企業・団体が取引先企業4社とともに意識醸成や算定支援、バリューチェーン全体での削減施策の検討ならびにデータへの反映など、一連の取り組みを実施した事例が取り上げられています。
環境省:令和5年度バリューチェーン全体での脱炭素化推進モデル事業
© https://www.env.go.jp/content/000145216.pdf
<パターン①:企業間連携>
▷E・Jホールディングス株式会社
岡山県にある建設コンサルティング業である同社は、連携した取引先に対して、算定の研修会を実施しました。連携した構成企業は、アイセイ株式会社・株式会社マツムラ・株式会社ケンセイ・株式会社和幸設計の4社です。同社は連携した構成企業それぞれに研修会を実施したうえで、算定フォーマットを提供し算定を依頼しています。さらには、質疑応答やその後の個別フォローを通じて、連携した構成企業の疑問点の解消に努めました。
▷株式会社セブン-イレブン・ジャパン
大手コンビニエンスストアを運営する同社は、特定製品に関する排出量データの提供を連携先に依頼する必要がありました。連携先企業は、株式会社トベ商事・遠東石塚グリーンペット株式会社・日本パリソン株式会社・コカ・コーラボトラーズジャパン株式会社の4社です。これらの4社と機密保持契約を締結し、データの利用範囲や利用方法について明確にすることでデータ連携を行いました。
▷綜合警備保障株式会社
ALSOKブランドの警備サービスを提供する同社は、最も大きな排出カテゴリであったスコープ3カテゴリ1(購入した製品・サービスからのGHG排出)を中心に、該当する取引先と連携を行いました。連携先企業は、株式会社三矢研究所・アインズ株式会社・AI TECHNOLOGY株式会社・株式会社チクマの4社です。これらの4社と連携して、取引先の排出量データを自社のスコープ3に反映させる取り組みを行いました。
▷株式会社FUJI
愛知県の製造業である同社は、自社の脱炭素経営方針を整理し、取引先企業の協力が脱炭素経営には不可欠であることを、取引先企業へ説明しました。説明対象の取引先は、株式会社東海機械製作所・幸和産業株式会社・安田塗装工業株式会社・昆山之富士機械製造有限公司の4社です。説明会後には、取引先企業の脱炭素経営への取り組みの意識や課題などをアンケート形式でヒアリングを行い、以降のサプライヤーエンゲージメントの参考としました。
<パターン②:支援機関等(金融機関を除く)とその顧客企業>
▷一般社団法人東京都中小企業診断士協会
中小企業診断士が伴走支援を行うことで、GHG算定に取り組んだ経験のない企業でも、意識の醸成から実務ベースでのGHG排出量の算定までの取り組みが行えることを実証しました。支援先の企業は、 サンワ印刷紙工株式会社・有限会社安田製作所・東商ゴム株式会社・エビヌマ株式会社の4社です。
これらのモデル事業からもわかるように、研修会を通したCO2算定に関する知識のインプットの機会創出、データ連携や伴奏支援など、脱炭素経営の実現に向けた取り組み方法には様々な種類があります。しかしいずれにせよ、まずは従来の気候変動対策に対する認識を改めて、企業経営上の重要課題や未来への投資として捉えることが重要です。自社の事業に即した実現しやすい脱炭素経営を目指すことで、長期的な自社の成長にも繋がる可能性が高まります。
地域ぐるみで行う脱炭素経営支援体制構築モデル事業について
脱炭素経営を行う中小企業を支援するべく、日頃より中小企業との接点が多い、地域金融機関・商工会議所などと地方公共団体も連携して脱炭素に向けた取り組みを行っています。令和5年度は、全国で16件のモデル地域が採択され、それぞれの地域特性を活かした支援体制の構築に向けた取り組みが行われました。
<令和5年モデル事業採択地域>
1、秋田市 | 2、日立市 | 3、群馬県 | 4、川崎市 |
5、静岡市 | 6、浜松市 | 7、あわら市・加賀市 | 8、岐阜県 |
9、愛知県 | 10、尼崎市 | 11、京都府 | 12、雲南市 |
13、徳島県 | 14、四国中央市 | 15、佐賀県 | 16、熊本県 |
環境省:地域ぐるみでの脱炭素経営支援体制構築モデル事業参加団体決定についてを元に作成
このモデル事業は、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、中堅・中小企業が脱炭素経営の大切さに早期に気づき、着手することが重要であるという考察から立ち上がりました。申請者が地域ぐるみでの支援体制の構築及び中堅・中小企業への支援メニューの拡充に該当する取り組みについて申請し、採択された場合、その実施に際して以下の支援が行われています。
① 地域ぐるみの支援体制の構築
支援体制の在り方の検討やステークホルダーの巻き込みなどを通じて、域内中堅・中小企業へ脱炭素経営普及と地域課題の解決の同時達成を目指した地域ぐるみの支援体制構築を支援
② 中堅・中小企業への支援メニューの拡充
地域ぐるみの支援体制が構築されている地域において、地方公共団体及び支援機関等が利用する支援コンテンツの作成や支援メニューの拡充に向けた専門機関とのマッチングに係る検討・実証を支援
本事業の特徴は、地域ぐるみの支援体制が構築されている地域と、これから構築する地域それぞれに対して、地域特性を踏まえた支援メニューを用意したことです。1章「気候変動対策を考慮した脱炭素経営の実態とは」でもお伝えしたように、現在は多くの企業が気候変動対策を考慮した脱炭素経営に移行している時期です。つまり、まだまだ脱炭素経営という考え方が、十分に社会に浸透しているとは言い難い状況です。そのような観点では、地域ごとの浸透度を加味した本支援事業は、実態に即した脱炭素経営を支援する手法だと言えるのではないでしょうか。
まとめ
本コンテンツでは、脱炭素経営の概要からその実態を振り返り、現状の企業の取り組みや自治体による支援体制について、具体的な先行事例を交えつつ解説いたしました。
今回ご紹介した部分は、いわゆる脱炭素経営における入り口です。
脱炭素経営はいずれ、投資家等への経営実態の見える化を通じ、企業価値の向上につながっていきます。その結果、最終的には自社のビジネスチャンスの獲得・他社との差別化に結びついていくことも予測されます。
環境省:脱炭素経営に向けた取組の広がり
© https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/decarbonization_04.html
そのため、まずはこれから脱炭素経営に取り組む事業者の皆様においては、どのように進めれば無理なく脱炭素経営を始めることができるか、身近な事例をヒントに検討を始めてみてはいかがでしょうか。
本コンテンツ、並びにCO2排出量の算定に関しご質問がございましたら、弊社までお問い合わせ下さい。