生物多様性フットプリントとは|木材消費が生態系に与える影響と測定手法を解説

今回の解説のキーワードは、「生物多様性フットプリント」です。「生物多様性」、「フットプリント」のそれぞれのワードは、ESG関連のTopicsでしばしば用いられるため聞き馴染みがあると思いますが、それらを組み合わせた「生物多様性フットプリント」とは果たしてどのような時に使われるワードなのでしょうか。
生物多様性フットプリントとは、我々人類が特定の財やサービスを生産、消費した結果、生物多様性の変化の観点から影響を受ける土地や海洋、淡水の表面積などを指標化したものになります。また、このような生物多様性の保全を考える上では、国内に生育・生息する生物だけでなく、国境を越えて波及する影響下にある生物の保全も同時に考慮する必要があると考えられています。例えば、実際に国立環境研究所の研究プロジェクトでは、生物多様性フットプリントを指標に用いて、資源の消費が引き起こす生物多様性による影響が地球規模でどれくらいのインパクトに相当するのか、評価をすることが以前より目指されています。
そこで本コンテンツでは、まずは生物多様性の概要について理解を深め、その後、具体的な研究事例をもとに生物多様性フットプリントの測定方法について確認していきます。そして最後に、生物多様性フットプリントの算出が抱える課題と金融機関に期待される役割について解説していきます。
目次
生物多様性フットプリントの概要について
冒頭でもお伝えしたように、生物多様性フットプリントとは、我々人間の生産活動が、世の中にある自然などの資源を消費しながら森林や海洋などの土地を利用、改変して様々なものを生産した際に、地球上の生物多様性に与えるインパクトの大きさを数値化した指標を表しています。因みに、このように「生物多様性」と「フットプリント」を組み合わせた意味で使用されるケースが多い「生物多様性フットプリント」ですが、投資家が投資の絶対的または相対的なインパクトを測定するのに役立つ高度なライフサイクル分析手法に基づくものとしてNatureAlpha社とMSCI社が開発した指標を直接的に示す場合もあります。本コンテンツでは、前者の内容をもとに、「生物多様性フットプリント」の理解を深めていきます。また、「生物多様性フットプリント」の算出手法については、TNFDのタスクフォースが、2023年12月にディスカッションペーパーを発行しています。
生物多様性
生きものたちの豊かな個性とつながりのこと。長い歴史の中で様々な環境に適応して進化し、3,000万種ともいわれる多様な生きものが個性を持って生まれ、直接的・間接的に支えあって生きているという考え方。生物多様性条約では、「多様性」には3つのレベルがあるとしており、森林や里地里山などの「生態系」、動植物から微生物などの様々な「種」、そして「遺伝子」が挙げられている。2010年に、名古屋で生物多様性条約の締約国会議(COP10)が開催されて以降、生物多様性の危機とその保全の重要性は、国内においても広く認識されるようになった。
フットプリント
原料が採掘されて廃棄されるまでの間に、環境に対してどれくらいの負荷をかけたのかを計算すること。今回紹介している「生物多様性フットプリント」の他、カーボンフットプリント(※1)やエコロジカルフットプリント(※2)、ウォーターフットプリント(※3)、大気汚染物質フットプリント(※4)、マテリアルフットプリント(※5)などが存在する。
(※1)温室効果ガスの排出量をCO2に換算した指標。
(※2)人間活動が地球環境にどれくらいの負荷をかけているかを示す指標。
(※3)水質の変化と水量の変化の影響によって環境にどのような変化を与えるかを表す指標。
(※4)PM 2.5などの大気汚染が与える影響を示す指標。
(※5)消費された天然資源量を表す指標。
生物多様性フットプリントの測定方法について
二章からは、具体的な事例をもとに、生物多様性フットプリントの測定方法についてお伝えしていきます。ここでは、国立環境研究所の研究プロジェクトのメンバーが横浜国立大学の森林総合研究所と共同で行った、木材資源利用による生物多様性フットプリントの測定の事例を引用しながら紹介していきます。
研究概要
世界規模での鳥類の分布や個体数のデータ、森林消失マップ、また世界の国の2国間の木材貿易データから生物多様性フットプリントを計算。
生物多様性フットプリントの前提概念
(a)から(e)に向けては、資源消費によって生じる影響が連鎖的に波及する流れを示す。
…ある国における資源消費が、貿易と資源生産にともなう土地利用改変を通じて、最終的には資源生産国の生物多様性に影響を及ぼす。
(a)消費⇒(b)国際貿易⇒(c)生産⇒(d)土地利用の転換⇒(e)生物多様性への影響
計算方法
① 木材資源の生産量あたりに失われる森林面積を推計。(c)⇒(d)に相当。
② 森林面積の減少による鳥類の種ごとの絶滅確率の上昇を計算。(d)⇒(e)に相当。
③ ①、②の計算を木材生産国ごとにおこない、木材生産国が生み出している生物多様性フットプリント(生産フットプリント:(c)⇒(d)に相当)を計算。
※生産フットプリントは、自家消費用と輸出用の両方の木材生産の影響を示す指標。
④ 二国間の木材貿易量に応じて生産国から消費国への生産フットプリントの再配分を行う。(b)に相当。
⑤ 消費国ごとに、木材資源の輸入量に応じて生産国から配分されたフットプリントを集計する。(消費フットプリント:(a)に相当)。
研究結果
- 全世界を対象とした計算の結果、現状の森林減少が2100年まで継続した場合、対象とした525種の鳥類の12%にあたる62種が絶滅し、そのうちの31%(19種)が木材貿易の影響であると算出。
- 自国内での木材生産によるフットプリントに対して、木材資源の輸入・消費によるフットプリントがどのくらい大きいかを確認するため、消費フットプリントから生産フットプリントの差を引いた値を、国ごとに比較。
- 生産フットプリントに比して、大きな消費フットプリントを持つ国:中国、日本、米国、韓国、メキシコ
⇒木材の輸入を通じて、他国の生物多様性に大きな影響を及ぼしている。 - 消費フットプリントに比べて、大きな生産フットプリントを持つ国:ブラジル、インドネシア、マレーシア、エクアドル、ミャンマー
⇒輸出のために多くの木材を生産することで、他国の消費に由来する大きな生物多様性の影響を被っている。
- 生産フットプリントに比して、大きな消費フットプリントを持つ国:中国、日本、米国、韓国、メキシコ
- 鳥類の絶滅の確率に日本が影響を与えている国は、上位から順に、インドネシア、ブラジル、エクアドル、マレーシア、日本、その他となっており、自国の鳥類への影響は、全体に対し4%と小さい。
⇒日本の木材自給率が低いことが主要な起因であると考えられている。
このように、【計算方法】の①-⑤により、木材資源の消費(a)から生産現場における生物多様性(e)にいたる影響の連鎖が定量化されています。またこの研究では、鳥類の種の絶滅確率をどれだけ上昇させるかで生物多様性への影響の大きさを測定しているため、集計された生物多様性フットプリントは「何種を絶滅させるのに相当する影響があったか(種数)」が単位となります。
生物多様性フットプリントの算出が抱える課題と金融機関に期待される役割について
生物多様性の測定対象となる種や生態系、生態系サービスは、複雑に絡み合うことでそれぞれ測定方法が異なるため、1つの数値に集約してフットプリントを算出することが難しいのが現状です。そのため、異なるセクターにおける多様な環境負荷の影響を比較可能な単一の指標へと統合することが課題となっており、近年では複数のデータプロバイダーが定量的な生物多様性フットプリントの算出におけるソリューションを提供し始めています。このような定量的な指標は、生物多様性の複雑性の中から重要な要素を抽出し、複数の企業間の比較を可能にして、ポートフォリオ単位の数値へと集約できること特徴です。
このように、昨今定量的な測定のための指標が導入されるようになるまでは、自然に関する影響度と依存性を理解するにあたり投資家達の間では、「ENCORE(※6)」や「SBTN(※7)」のようなツールやフレームワークを用いた定性的なアプローチが主に用いられてきました。いずれの手法も、高い影響度と高い依存性に対するエクスポージャー(※8)を特定し、それがどのセクターに存在するのか主要な影響や依存性となるのは何かを見極めるのに有益なツールですが、具体的に自社事業がどの程度自然資本に依存しているかを理解するのが難しいことが欠点として挙げられます。
これらをふまえ、金融機関に期待される役割としては、気候変動への対応と自然資本の保全に向けた具体的なアクションの実行です。気候変動への対応策は、時に自然資本を毀損するケースも考えうるため、金融機関は両者の関連性を整理し、適切な分析や投融資先への支援に努めることが重要です。例えば、「ipbes 生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書(政策決定者向け要約)」の中で、気候変動は生物多様性の損失要因の1つと特定されています。また、気候変動と自然資本の関連性は生物多様性フットプリントで表すことが可能です。そのため金融機関の役割としては、自然関連の依存やインパクトが大きい優先セクター・地域の特定、当該セクターにおける自然関連リスク・機会の評価を行ったり、気候変動関連のリスク・機会との関連性評価と対処の優先順位付けを生物多様性フットプリント等の指標を活用して行ったりし、気候変動と自然資本の関連性を適切に分析することで、投資家や投融資先とのエンゲージメントの向上に繋げることやサステナビリティ施策の提案・支援することなどが期待されます。
(※6)Exploring Natural Capital Opportunities, Risks and Exposureの略。金融機関のネットワークである自然資本金融同盟と、国連環境計画世界自然保全モニタリングセンターであるUNEP-WCSCなどが共同で開発した、企業の自然への影響や依存度の大きさを金融機関が把握するためのツール。
(※7)Science-Based Targets for Natureの略。自然界の「淡水」、「陸地」、「生物多様性」、「海洋」、「気候」の5つの分野を対象とした、企業の事業活動による自然資本への影響の情報開示するための、科学的根拠に基づいた目標設定フレームワーク。企業の自然資本に対する影響リスクや、それらに対する取り組みを開示・報告することで、持続可能な社会システム実現を目指すものとなっている。
(※8)投資家や金融機関、企業が保有する金融資産のうち、市場の価格変動リスクや特定のリスクにさらされている金額や残高、その比率のこと。
まとめ
本コンテンツでは、生物多様性フットプリントとその周辺知識を深めるために、生物多様性フットプリントの概要、その後生物多様性フットプリントの測定方法について具体的な研究事例を参照しながら、最後に生物多様性フットプリントの算出が抱える課題と金融機関に期待される役割について解説してきました。
三章でもお伝えしたように、生物多様性フットプリントの算出には、現在も課題が残っている状況です。生物多様性をトレードオフなしに測定する単一の評価指標は定めにくく、今後も多様な手法が開発され続けるものの、理想的な算出方法が生み出されるにはまだまだ時間がかかることが推測されます。そのため、生物多様性フットプリント単独の数値だけを分析に用いるのではなく、他の手法を活用して算出したデータと組み合わせることによって、企業が所属セクターにおける生物多様性喪失の主な要因にどのように寄与しているか、またその影響をどの程度適切に軽減しているかを評価する、といった手段なども柔軟に検討する必要があると考えられています。
本コンテンツ、並びにCO2排出量の算定に関しご質問がございましたら、弊社までお問い合わせ下さい。

