サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)とは?企業価値を高める実践手法を解説

近年、企業経営において「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」が重要なキーワードとして注目を集めています。気候変動や資源枯渇、社会的不平等といったグローバルな課題が深刻化する中、企業は単なる利益追求だけでなく、SDGsの観点から持続可能性を追求することが求められています。SXは、これらの課題に対応しつつ、長期的な企業価値を創造するための経営戦略として位置づけられています。日本企業も、こうした潮流に乗り遅れないよう、SXを経営の核心に据え、持続可能な社会の実現に貢献することが急務です。本稿では、SXを推進するための具体的なポイントや成功事例を紹介し、企業がどのように変革を進めるべきかを探ります。
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)とは?
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)とは、持続可能性(Sustainability)を基盤として、経済・社会・環境に配慮しながら企業や組織が変革(Transformation)することを指します。従来のビジネスモデルを見直し、中長期的な価値創出を目指しながら、地球環境や社会課題の解決に貢献する取り組みです。
SXの定義
SXは以下の要素を統合した新しい成長戦略です
- 経済的価値の追求収益や事業の持続可能性を確保する。
- 環境的価値の創出脱炭素や資源循環を通じた環境負荷の低減。
- 社会的価値の提供地域社会やステークホルダーへの貢献。
近年では、SDGs(持続可能な開発目標)やカーボンニュートラル達成に向けて、企業がSXの実現に向けた取り組みを進めています。
SXが注目される背景
気候変動や環境問題の深刻化
地球温暖化や気候変動、生物多様性の喪失、資源枯渇など、環境問題が深刻化しています。これに対応するため、企業は単なる「環境対策」にとどまらず、根本的なビジネスモデルの変革が求められるようになりました。
SDGsやESG投資の普及
- SDGs(持続可能な開発目標)国際社会が掲げる17の目標達成に向けた取り組み。
- ESG投資環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)を重視する投資が拡大しており、持続可能性への対応が企業価値向上に直結しています。
日本の株価純資産倍率(PBR)の低迷化
日本企業の株価純資産倍率(PBR)低迷は、長年にわたる構造的な課題です。PBRは株価を1株当たりの純資産で割った指標であり、1倍を下回ると「株価が純資産を下回っている」ことを意味します。日本の多くの上場企業がPBR1倍未満で取引されており、国際的に見ても低水準が続いています。
引用 経済産業省 持続的な企業価値の向上に関する懇談会 参考資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/improving_corporate_value/pdf/001_03_00.pdf
この背景には、いくつかの要因があります。
1. 低いROE(自己資本利益率)
日本企業は資産を効率的に活用できず、収益力が低いと市場から見られています。過剰な内部留保を抱えながらも、投資や株主還元に繋げられていないことが問
2. ガバナンスの問題
株主軽視の経営や独立社外取締役の不足が、企業価値の適正評価を妨げています。
3. 成長期待の低さ
新規事業やイノベーションの不足、デジタル化やグローバル化の遅れが、市場からの期待を損なっています。さらに、長年のデフレ経済や人口減少による国内市場の縮小も、PBR低迷に拍車をかけています。
政府や企業は、コーポレートガバナンス改革や資本効率の向上に取り組んでいます。例えば、スチュワードシップ・コード(機関投資家と投資先企業の対話)やコーポレートガバナンス・コード(ガバナンスを強化した透明性の高い経営)の導入により、株主還元や経営の透明性を高める動きが進んでいます。また、デジタル化や海外展開を通じて新たな成長機会を模索する企業も増えています。
今後の課題は、持続的な収益改善と成長戦略の明確化です。特に、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営を推進し、市場からの評価を高めることが重要です。日本企業がこれらの課題に取り組むことで、PBR低迷からの脱却が期待されます。
SX推進のための具体的なステップ
経営戦略へのサステナビリティの統合
サステナビリティを経営の中核に据えるためには、トップダウンでの明確なコミットメントが不可欠です。まずは、自社の存在意義(パーパス)を見直し、サステナビリティの視点を組み込んだ長期ビジョンを策定します。その上で、中期経営計画にサステナビリティ目標を組み込み、具体的な施策と紐付けていきます。
重要なのは、単なるリスク対応や社会貢献としてではなく、事業機会の創出とバリューチェーン全体の変革を見据えた戦略立案です。マテリアリティ(重要課題)の特定においても、社会課題と事業戦略の両面から検討を行い、優先順位付けを行うことが重要です。
組織体制の構築
SXを推進するための専門部署の設置は、取り組みの第一歩となります。しかし、サステナビリティ推進部門を設置するだけでは不十分です。以下の要素を含む包括的な組織体制の構築が効果的です。
- 取締役会レベルでのサステナビリティ委員会の設置
- 事業部門との連携を促進するクロスファンクショナルチームの編成
- 各部門にサステナビリティ推進担当者の配置
- 外部有識者を含めたアドバイザリーボードの設置
特に重要なのは、サステナビリティ推進部門が単独で活動するのではなく、経営企画、人事、財務、調達など、各機能部門と密接に連携できる体制を整えることです。
KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)の設定と評価の仕組み
サステナビリティ目標の達成には、適切なKPIの設定と進捗管理が不可欠です。以下のポイントに注意してKPIを設計すると良いでしょう。
- 財務・非財務の両面からの指標設定
- 短期・中期・長期の時間軸を考慮
- 定量的な測定が可能な指標の選定
- グローバルスタンダード(GRIなど)との整合性確保
また、これらのKPIを経営管理システムに組み込み、定期的なモニタリングと評価を行う仕組みを構築します。特に重要なのは、業績評価や報酬制度とサステナビリティ目標を連動させることで、組織全体のコミットメントを高めることです。
人材育成と意識改革
SXの成功には、全社的な意識改革と人材育成が不可欠です。具体的には以下の取り組みが効果的です
- 経営層、中間管理職向けの研修プログラム
- サステナビリティ経営の最新動向
- リスクと機会の分析手法
- 統合思考に基づく意思決定 等
- 全従業員向けの教育プログラム
- サステナビリティの基礎知識
- 自社のSX戦略の理解
- 部門別の具体的な取り組み事例 等
- 専門人材の育成
- サステナビリティ専門家の養成、リスキリング
- データ分析スキルの向上
- ステークホルダー間における対話能力の強化
特に重要なのは、サステナビリティを特別な活動ではなく、日常的な業務の中で考え、行動に移せる組織文化を醸成することです。そのためには、好事例の共有や表彰制度の導入など、従業員の主体的な参画を促す仕組みづくりも効果的です。
最後に、これらの四つのステップは、相互に密接に関連しています。一つ一つを着実に実行しながらも、全体最適を意識した統合的なアプローチが求められます。また、定期的な見直しと改善を行いながら、継続的な進化を図ることが重要です。
SXの取り組み事例
旭化成
経営戦略の実現に必要な人財ポートフォリオの構築のために、採用すべき人財の質と量を、事業軸と機能軸の両面から、毎年全社的に洗い出している。採用や育成で確保できない人財は、M&Aを通じた 人財獲得や、コーポレートベンチャーキャピタルや少額投資を通じた企業とのコネクション強化で対応している。
アステラス製薬
経営陣と共に組織健全性に関する目標を設定し、HRデータの分析・経営陣への提示、事業リーダーの 開発支援を通じて、人事が「経営層や事業部門と共に戦略を実現する」体制に着実に移行している。
伊藤忠商事
持続的な成長に必要な人材戦略を特定し、期待される成果を開示している。また、「労働生産性」が 着実に向上している点を学生へ積極的に発信している。
荏原製作所
外部研究機関との共同研究や、学術分野からの専門家の招聘、退職者とのネットワーク形成等、 社外人材の専門性を事業運営に活かし、知・経験のダイバーシティを向上させている。
オムロン
社員が企業理念を体現した実例をグローバル全社で共有し合い、理念を浸透させている。また、人事 が「企業の付加価値に責任を持つ」姿勢で、人財育成やエンゲージメント向上を実施している。
花王
KPIに基づいた目標管理・評価制度を改め、「ありたい姿や理想に近づくための高く挑戦的な目標」としてOKR(Objectives & Key Results)を導入した。社員が自ら掲げる大きな目標への挑戦を通じて、一人一人が成長し、結果的に会社の成長や社会に貢献することを企図している。
キリンホールディングス
経営戦略に基づいて人材戦略を発想するのではなく、人材の持つ強みを生かしてヘルスサイエンス領域 へ参入したように、人材戦略から経営戦略を生み出す発想を持っている。
KDDI
専門人材の採用や、意向に沿った配置によるエンゲージメント向上のため、新卒採用で初期配属領域確約するWILLコースを導入した。通年採用・入社で留学生等を積極的に受け入れている。
サイバーエージェント
広告事業で培った「結果を出す」コアスキルを鍵とし、新卒社長、経営チームへの次世代抜擢、社外人材も活用した組織的リスキルで、継続的な事業拡大(メディア・ゲーム・テレビ)を実現している。
引用 経済産業省 『人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~ 実践事例集 』
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0_cases.pdf
SXを実現するためのポイント
SXを推進するためには、企業戦略の見直しとともに、以下のポイントが重要です。
経営戦略への統合
- ビジョンと目標の設定: 企業の経営ビジョンにサステナビリティを明確に位置づけ、具体的な目標(例:カーボンニュートラル、ダイバーシティ推進)を設定します。
- 長期視点の導入: 短期的な利益追求ではなく、中長期的な視点で経営戦略を策定します。
ESG(環境・社会・ガバナンス)の推進
- 環境(E):
- カーボンニュートラルや再生可能エネルギーの導入を通じて、気候変動対策を強化します。
- 資源循環型ビジネスモデル(サーキュラーエコノミー)を構築します。
- 社会(S):
- ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂性)を推進し、従業員の働きやすい環境を整備します。
- サプライチェーン全体での人権尊重や労働環境の改善に取り組みます。
- ガバナンス(G):
- 透明性の高い経営を実現するため、独立社外取締役の導入や情報開示を強化します。
- リスク管理やコンプライアンス体制を整備します。
ステークホルダーとの連携
- 投資家との対話: ESG情報を積極的に開示し、投資家からの信頼を獲得します。
- 顧客との共創: 顧客のサステナビリティ意識に応える製品・サービスを提供します。
社会的価値の創出
- 多様な働き方、有効な人材育成の推進やダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)の実現。
- 地域社会への貢献やCSR活動の強化。
デジタル技術の活用
- IoTやAIを活用したエネルギー管理(スマートファクトリー・スマートビル)。
- データ分析によるサステナビリティ目標の進捗管理。
経済産業省 『サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会 中間取りまとめ~サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の 実現に向けて~』
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/sustainable_kigyo/pdf/20200828_3.pdf
まとめ
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)は、持続可能な社会の実現に向けて、企業が持続可能な経営も共に目指し、根本的な変革を行う取り組みです。脱炭素化や資源循環、社会価値の創出を通じて、経済成長と環境保護を両立させる新たなビジネスモデルが求められています。
今後、SXを推進する企業は競争優位性を高め、投資家や消費者からの信頼を獲得することで、持続可能な成長を実現するでしょう。企業と社会が共創しながら、SXによって描かれる未来が期待されています。

